『百姓貴族(3)』(荒川弘、新書館)感想

百姓貴族 (3) (ウィングス・コミックス)

百姓貴族 (3) (ウィングス・コミックス)

今回も身も蓋もなくおもしろかったです。

北海道の農家出身にて『銀の匙』大ヒット中の荒川弘さんが贈る農業エッセイマンガ、第3巻。今回も身も蓋も無いおもしろさ満点で、たいへん楽しく読みました。特に好きなのは、徴兵ならぬ徴農制度のアホらしさを斬るところや、川の水がきれいなら魚が多いわけでも、その逆でもないというあたりまえの事実をわかりやすく見せてくれるところ。あと、植物のバクレツな生命力の話。

「やっぱ徴農反対!!」

ほら、よく聞くじゃないですか。「最近の若者はなっとらん。徴農制度で一定年数農業に従事させれば根性もたたき直せるし、農家の労働力不足も解消して一石二鳥」みたいなバラ色ドリーム。それに対する荒川さんのツッコミ(p. 83)がすばらしいんです。

農業に興味の無い右も左もわからぬ若者が毎年毎シーズン大量に農村にやってきて そのたびに農作業を一から教えて やっとなんとかモノになったと思った頃には都会に帰ってしまう。
そしてまた次の若者が入ってきてまた一から教えてのくり返し。
牛の乳搾りなんか慣れた人がやらないとあっちゅー間に乳房トラブルになって生産量下がってあと不特定多数が出入りすることで疫病問題が発生したりして

ああぶっちゃけめんどい!! やっぱ徴農反対!!!

ここで、「そこをなんとか」と食い下がる新書館の編集者さんに対して、このように説明するところ(p. 83)もよかった。

他の職場に置き換えてみてください。

マンガに興味の無い人間が編集部にわんさか来て一から仕事教えてやって、一通り基本憶えたかなってタイミングでハイさいならで、また次のマンガに興味のない新人がどっと!

そんでそんなチョロっと編集業かじった奴らが知ったかドヤ顔でネットにマンガ業界の事書き込んだり!!

どんな職場だって嫌ですよね、こんなの。あたしの本業は塾講師ですが、教えることに興味のない「右も左もわからぬ若者」をいちいち教育して教壇に立たせるなんて、死んでも嫌です。たとえば受験英語も既に怪しい学生を、仮定法過去完了の説明がすらすらできるようになるまで教育しようと思ったら、どれだけの時間と手間がかかることか。相応のギャラが発生する「仕事」としてならともかく、そんなもん無償でやってられるか。しかも、賭けてもいいけど2年やそこらでそこまで叩き込むのは無理! 無理よ!! 従って、誰でもできる「お客様用」の仕事をひねり出してあてがっておくしかないし、それでもミスは出るだろうし、それで苦情や損害に対処するのはこっちだし、あああああぶっちゃけめんどい!!

そんなわけで、ちょっと考えればこんな制度うまくいくわけないとわかるはずなんですよ。にもかかわらず大真面目に徴農制度を唱える人というのは、おそらく以下の2点に当てはまってしまうのではないかと。

  1. 農業を単純な肉体労働と思い込んで舐めている
  2. 自分の不安や憎悪を青少年に投影して、幻想上の「甘えた若者」像を叩いている

1については、『百姓貴族』と『銀の匙』を全巻読んでこいとしか。2については、『「ニート」って言うな!』(光文社)の内藤朝雄さんの章がおすすめ。勉強も想像力も足りていないお花畑な人々の発想でこんなアホな制度が導入されちゃ、現場はたまったものではないと思います。

川の水がきれい≠魚が多い

都会人の感覚だと、「魚が少ないのは川の水が汚れている証拠」と思ってしまいがちです。でも第29話によると、実際には堆肥場から川に糞尿が流れ込んでいた昔の方が、川には魚が多かったとのこと。そりゃそうだ、餌になるもんね。

こんな会話もよかった。

(犬の散歩中に鮭を発見して)荒川さん「母ちゃん鮭のぼってきた!! やっぱ水質が良くなったらあいつらのぼってくるんだね!!」

荒川さんのお母様「いや下流の人が密漁やめただけだよ」

み、身も蓋もない……!

まとめると、「魚の種類や量の多寡だけで、川がきれいかどうかは語れない」ってことですよね。魚が多いことは(基本的には)いいことだし、川がきれいなのもいいことだけれど、だからといって無邪気にこの2つをイコールで結びつけてしまうのは間違いなわけです。これはホント、目からウロコでした。

カボチャの生命力おそるべし

第36話に、カボチャの栽培の話が出てきます。カボチャは必要なつるだけ残して後は剪定する必要があり、このつるの成長速度がハンパないのだそうです。一晩で13cmも伸び、あっという間に畑を緑の海にするわ、一度切って捨てたつるも「根っこ出して再び畑にくらいついてる」わで、すさまじいまでのタフさ。それを見て荒川さんのお母様がおっしゃったというこちらの名言に、心打たれました。

こいつらの生きようとする力を見てるとさ
一部のベジタリアンが言う「植物は意思がないから動物とちがって食っていい云々」てーのが詭弁に聞こえるのよね

おっしゃる通りでございます。

まとめ

1〜2巻に勝るとも劣らぬおもしろさでした。非農業人の抱きがちなドリーミーな農村幻想・大自然幻想をぶち壊していく手さばきが今回もきわめて鮮やかで、楽しかったです。早く4巻も出ないかなー。