『母の形見は借金地獄 全力で戦った700日』(歌川たいじ、KADOKAWA/エンターブレイン)感想

母の形見は借金地獄 全力で戦った700日

母の形見は借金地獄 全力で戦った700日

母の死と借金地獄からつかんだ真実

水死体で見つかったお母様が残したのは、膨大な借金。生命保険でまかなおうにも保険会社に「自殺」と決めつけられてお金が下りない――。このどん底状態で、作者・歌川たいじさんが戦い抜いた壮絶な700日間を描くコミックエッセイです。単なる「借金怖い」「裁判大変」という話にとどまらず、「事故死した人も自死した人も生きたかったのだ」という強いメッセージに到達していくところが、とてもよかった。自死を選んでしまった友人知人が何人かいるあたしは、何度も目の前のコマがにじんでしまって大変でした。

「事故死した人も自殺した人も生きたかったのだ」

この本の最大のテーマは、これ。

歌川さんのお母様が事故死されたのか、それとも本当に自死を選ばれたのかは最後までわかりません。あらゆる状況を調べて裁判で戦う中、歌川さんがたどりついたのは、事故・自死のどちらだったとしても「母は生きたかったんです」(p. 142)という結論。そして、これは歌川さんのお母様だけでなく、他の多くの人にもあてはまることだと思うんですよ。

よく、「死にたいやつは勝手に死ね、人に迷惑かけるな」とうそぶく人がいますよね。そういう人の中では、死にたい人の気持ちはこうだと想像されているのだと思います。

しかし、以前読んだ本では、精神科医の方(カウンセラーさんだったかも)が「実はこうだ」と説明していました。

ほんの少しの差しかないんです。たった2パーセントの差で、人は死ぬんです。

実際、この『母の形見は借金地獄』でも、自殺防止に取り組むボランティア団体の方の、こんなお話(p. 129)が紹介されています。

運良く未遂に終わって生還した人になぜ死のうとしたのかと聞くとたいていの人が似たことを言います
『死ぬつもりなんかなかった スイッチが入ったようになって気がついたら自殺しようとしていた』と

この「スイッチ」というのが、死にたい気持ちと死にたくない気持ちのわずか2パーセントの差なのだと思います。

漫画の中でこのボランティア団体の方もおっしゃっていますが、自死する人は死の直前まですごくもがくんですよ。なんとか相談できるところを見つけようと、病院や金融機関や弁護士に相談したりして。小中学生ですら、周囲になんらかのサインを出します。その時点での心のバランスは、おそらくこう。

この段階で助けが入れば、その人は死なずに済むはず。そして、その助けが極端に立ち後れているのが日本という国です。苦しむ人の「死にたくない」気持ちを無視せず、スイッチが入らないよう食い止めるのが、アナタやワタシのすべきこと。そのアナタやワタシのことを、別名で、「社会」といいます。このものすごく大切なことを、漫画というわかりやすい形で、しかもド迫力の実体験を通じて提示してくださった歌川さんに、こころから敬意を表します。

付記

あとがきから歌川たいじさんのことば(p. 159)を引用しておきます。

「PCや携帯電話で、“いのちと暮らしの相談ナビ”というワードで検索すれば、自分にあった相談窓口がきっと見つかります。行政やNPOのスタッフたちが、あなたのような人が死なないですむようにするため、懸命に働いています。どうか、あなたのことを話してください」

「いのちと暮らしの相談ナビ」は、こちらです。

まとめ

煎じ詰めればこの本は、「システムの谷間に突き落とされるおそろしさ」を訴えかけるものだと思います。ほんの2ヶ月保険料支払いが抜けたために、自死だと死亡給付金が下りなくなるという谷間。「自殺だ」という予断を持って解剖されたために、事故死の可能性が捨て去られてしまう谷間。そして、死を選ぶ人の「死にたくない」気持ちがなかったことにされ、自殺予防対策が立ち後れている日本というシステムの谷間。そういう意味では、とても怖い本です。でも最後のひまわり畑まで読み進めたとき、必ずや希望の光も見えるはず。アナタがやれることも見つかるはず。単なる読んで楽しいコミックエッセイという枠を越えて胸に迫る名著だと思います。