『IT』(スティーヴン・キング[著]/小尾芙佐[訳]、文藝春秋 )感想

IT〈1〉 (文春文庫)IT〈1〉 (文春文庫)
ティーヴン キング Stephen King

文藝春秋 1994-12
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忌まわしい怪物「IT」に取り憑かれた町を、かつての少年少女たちが救う物語。バラバラ死体や虐待、DV、放火にリンチにレイプに集団殺人などの陰惨な事件がみっしり詰まったお話でありながら、一読して思ったのは「ずいぶん優しい話だなあ」ということ。人間社会のこういうおぞましい暴力をみな「IT」のせいにできるなら、そんなに幸せなことはありませんからね。実際にはデリーの町以外にもこうした恐怖は腐るほどあって、それはほかでもない人間の本質によるものだとあたしは考えています。なので、わかりやすい(しかも人外の)黒幕を設定してみせるこのお話は、あたしの目にはずいぶん性善説的なもののように映りました。
とは言え、だからと言ってこの小説の凄味や面白さがそこなわれるものではありません。文庫で4冊という分厚さにもかかわらず、そしてふたつの時間軸を行ったりきたりするややこしさにもかかわらず、最後まで読者の首根っこをつかんで離さない強烈なホラー作品だと思います。思うにこれって、『スタンド・バイ・ミー』のノスタルジーや、『キャリー』で描かれたいじめの恐怖、『シャイニング』の狂気などを、『呪われた町』をさらに大きくした枠組みに詰め込んでみせた「初期キング豪華アソート」なんじゃないでしょうか。初期キング好きなあたしにとっては、またとないごちそうです。活字の中に突然手書きの文字が飛び込んできたり、ひとつのフレーズが何度も呪文のように繰り返されたりするところなど、実にキングらしくて「これよこれ!」と思いました。<はみだしクラブ>の少年たちのキャラクター造形もていねいで、よかったです。ベン・ハンスコムの俳句のエピソードなんて、泣けるわ。
唯一納得がいかない点を挙げるとしたら、4巻での女性キャラクタの扱いでしょうか。途中まではかなり魅力的な存在だったベヴァリーが、ここに至って突然少年たちを○○○にするための道具に成り下がってしまうところに、愕然とさせられました。これじゃまるで、ゾロゾロ連れだってソープに行くことで「連帯感」とやらが強まったと喜ぶ日本のダサダサリーマン物語じゃん。よりによって、クライマックスでこれかよ!
結局、これって良くも悪しくも「少年の物語」なんですね。女はただの道具。または穴。このあたりだけは何度読んでも納得も共感もできないので、わたくしの『IT』に対する総合評価は「ラスト10%以外は傑作」となります。ラスト以外の90%はもうひたすら「ハイヨー、シルヴァー、それいけえええええ!」(読めばわかります)と叫びたくなる面白さなんですけどね。極端な小説ですね、ひとことでいうと。