よりによって中村明日美子さんの作品のレビューで、それをやるかね。あるいはBL語りにおける「ノーマル(=異性愛者)」名乗りの持ち得るメッセージについて

上記は中村明日美子さんのBL漫画『卒業生』(茜新社)に関する記事なんですが、冒頭にこう書かれていることですべてが台無しだと感じました。


最初にこれだけは書かせて下さい。 というか、絶対に書いときます。
私(♂)はノーマルです。
四六時中、女の子とキャッキャッウフフすることしか考えていないぐらいノーマルです。

おそらくここで言う「ノーマル」は「異性愛者」という意味のつもりなのだろうと推察します。しかし、「ノーマル」の日本語訳は「正常」*1。そして、現代の精神医学では、「異性愛が正常、それ以外は異常」という考え方は採用されていません。男性同士の恋愛を扱う漫画を称賛しながら、同時に「異性愛者=正常」という差別的なコードをなぞってみせるというこの無邪気さが、非常に興味深いと思いました。BL界隈ではよくあることですけどね。
念のため、セクシュアリティの「正常」「異常」の線引きについて参考になりそうな情報を貼っておきます。

以下、参考2からの引用。


現在、国際精神医学会やWHO(世界保健機関)では、同性愛を「異常」「倒錯」「変態」とはみなさず、治療の対象からは外されています。例えば、アメリカ精神医学会は1973年、世界に先駆けて同医学会が発行している精神障害診断基準であるDSM−2の第七版から同性愛についての記述を削除しました。WHOも、「国際疾病分類」(ICD)の93年に発表された改訂第10版で、「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」という宣言を行っています。日本では、94年12月に厚生省がICDを公式基準として採用し、95年1月にやっと日本精神神経医学会が、ICDを尊重するという見解を出しました。

ところで、それならここで「異性愛者です」と名乗ればよかったのかというと、この文脈ではそれもまたちょっと違うとあたしは考えています。この件に関しては、たまたま今朝読んだ、飯野由里子×ミヤマアキラ対談:「<名付け>をめぐるポリティクス」の以下の部分が参考になるのではないかと。なお、強調は引用者によります。


レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダーなどを総称してLGBTと呼ぶこともあって、「自分はLGBTの権利を支援しています。でも私は異性愛者ですが」と注釈する人がいます。もちろん、そのように名乗らないで―名乗る必要を感じていないのかもしれませんが―、セクシュアリティにかかわらず、さまざまな人たちに平等な権利が与えられるべきだと考えて支援をしている人たちもいます。しかし、「自分は異性愛者だけれども、LGBTの支援をします」という名乗りについては、私は結構ひねくれ者なので、イラッとする時があります。そういう名乗りはどういう意味を持つんだろうと、直接その人たちに訊ねる機会がないので、自分の中で何でだろうなと考えているだけなんですが。ある人いわく、自分のセクシュアリティを自分から名乗ることが誠実だと考えているからではないか、と聞いたことがあります。でも、誠実かどうかは名乗る側ではなく、名乗られた側が感じることでしょうから、名乗る側がそれを誠実なスタイルだとするのはおこがましいのではないかと思います。現に名乗られた私は、イラッとくるわけです。そのいらだちはどこから来るのかと考えたときに、日本には表面的にはLGBTに対するわかりやすい形の暴力や差別は見えてこない、標準でない性指向ゆえの憎悪犯罪がなかなか表面化してこない側面があるので、別に差別なんか存在しないじゃない、って考える人もいるのですが、実際に差別や偏見がないわけではありません。そうした状況の中で「私は異性愛者ですが、LGBTを支援しています」という人の心情を、意地悪な解釈だとは思うのですが、自分は異性愛者だと名乗ることで、LGBTを差別する人たちに対してエクスキューズをしているんじゃないかな、と感じるのです。差別や偏見を向けられるLGBTの側には、「私たちはあなたたちを支援しますよ」と言いながら、差別する側に対してもいい顔をする。両方にいい顔をしているのではないかな、と感じています。
飯野: つまり、「私は異性愛者です」と名乗るということは、差別をする側に向けて「私は異性愛なんだから差別しないでね」というメッセージとして機能するということですね。困りましたね。

BL作品を誉めるにあたってざわざ「自分は異性愛者(または、『ノーマル』)」と何度も念押しするというのは、文脈上これと同じようなメッセージとして機能し得ると思うんですよね。つまり、「BLを薦めたら同性愛者だと思われる」「同性愛者を差別する人たちに対してエクスキューズがしたい」というメッセージね。そして、それは同時に、「男性同士の愛を描いた漫画を支持しつつ、男性同士の愛を差別する側に対してもいい顔をする」ということでもあると思うんですよ。

よりによって中村明日美子さんの作品のレビューで*2、それをやるかね。

いろんな意味で、読んでがっくり来た一文でした。

*1:こういうことを言うと、英和辞典を必死でめくって「"normal"には『標準の』『通常の』という意味がある! そして子供を作れる異性愛こそが標準で通常」とか言って周回遅れの議論を始める人が出てきそうなので、あらかじめ釘をさしておきます。Oxford Dictionary of Englishによると"normal"とは、「conforming to a standard; usual, typical, or expected ■(of a person) free from physical or mental disorders.」(強調は引用者)です。そしてエントリ内でも書いた通り、現代医学では同性愛はphysical disorderでもmental disorderでもないんですよ。

*2:なぜ「よりによって」なのかと言うと、いらんホモフォビアのまったくない作風の作家さんだと思うから。