『蜂の巣にキス』(ジョナサン・キャロル、浅羽莢子訳、創元推理文庫)感想

蜂の巣にキス蜂の巣にキス
ジョナサン・キャロル 浅羽 莢子

東京創元社 2006-04-22
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読んでびっくり、これはダーク・ファンタジーじゃなくてミステリです。キャロルなのに。でもやっぱり、お話の怖さや不気味さ、ユーモアや目のさめるような美しさはいつものキャロル通り。ぐだぐだと説明するよりも、豊崎由美氏の解説(pp335-336)から引用した方が早いでしょう。
わたしはいつも言っております。「羨ましくてたまらないのは、これからジョナサン・キャロルの小説を読む人」と。むなしく馬齢を重ねる中、たくさんの小説と出合いましたが、ジョナサン・キャロルはその中でも好き中の好き。LOVE of LOVE。そんな英語ないですか、そうですか。とにかく、好きな作家ベスト二〇に入るお方なんであります。
というのも、キャロルの作品には、わたしが小説に求める三大要素「驚き」「恐怖」「笑い」のすべてが入っているから。ダーク・ファンタジーと呼ばれるキャロルの小説は、この世とはまったく異なる因果律で動くハイ・ファンタジーとは違い、今ここにある世界を舞台に展開します。そして、わたしたちがよく知っていると思い込んでいる人間心理の深淵をのぞきこみ、そこから思わぬ感情や衝動を拾い上げることで、慣習によって成り立っているこの世界に裂け目を入れ、驚愕の新世界を見せる。読む前と後とでは世界を見る目が変わってしまう、つまり慣習に曇らされた目を浄化してくれる「センス・オブ・ワンダー」の塊のような作家なのです。
こういう作家がミステリという形式で描いた「過去の殺人事件の謎を解き明かす」というお話が、この『蜂の巣にキス』。おもしろくないわけがありません。「単純な犯人探しだけのミステリなんてつまらない」とお思いの方にお勧め。