どうすりゃいいのさ女子たちは?

1. 小4女子の作文「女の子だけど野球がすきです」

以下は、2008年8月19日の中日新聞*122面「小さな発言」欄に載っていた小学4年生女子の作文です。


わたしは、女の子だけど野球がすきです。
「女の子だけど」とわざわざつけるということは、「野球は男の子のスポーツ」という価値観が既に内面化されているんですね。実際には女子野球ってものもあるんですが、周囲からそうやって教え込まれてるんだろうなー。

なので、あそべる所におでかけをしたとき、グローブとボールをもっているので、その二つをもっていって、お父さんとキャッチボールをしたことがあります。
本当に野球が好きなんだなあ。野球ができる環境になくても(身近に女子チームがないとかさ)、将来はソフトボールとかやるといいよ、うんうん。

友だちとも野球をやったことがあり、私はバットをもってうったことがあるので、
おお、打つ方も好きなのね。どこか女子野球のチームに入れるといいねえ。

大きくなったら野球のマネージャーになりたい。

……は!?
なんで、そうなるの?

同じ野球好きでも、「スコアブックをつけるのが好き」「選手を励ましたりサポートしたりするのが好き」だからマネージャーになりたいっていうのならわかるんですよ。でも、「グローブとボールをもって」いて、キャッチボールなんかもしていて、「バットをもってうったことがある」っていうのは、要するに野球をするのが好きなわけでしょう? そこでいきなり「大きくなったらマネージャーになりたい」という方向に向かってしまうという、このねじれ。小4にして既にガラスの天井の存在が刷り込まれているんだなあ、と、ちょっと複雑な気分になりました。

2. 同日同新聞31面、なでしこジャパン沢穂希選手についての記事

同じ日の中日新聞のこちらの記事は、先ほどの小4女子の作文と皮肉なほどの好対照をなしています。


二歳違いの兄が入っていた少年団の練習に母に連れられて行き、偶然けったボールがゴール。「一瞬にしてとりこになった」と振り返る。しかし、全国大会では性別が理由で出られず、「女だってできるんだ」。その悔しさがバネとなった。

つまりは、「大きくなったらマネージャー」方面に流れずに自力でガラスの天井を突き破った人が、沢選手なわけですね。

けれどもあたしはここで単純に「沢選手は偉い。前述の小4女子は彼女を見習え」という気分にはあんまりなれないんですよ。理由は後述。

3. 名誉白人ならぬ「名誉男」

なでしこジャパンの活躍とともに、沢選手を誉め言葉のつもり(?)で「男」と形容する*2人をネット上でちらほら見かけるようになりました。ということは、女がガラスの天井を突き破っても、そのまま素直に認められはしないわけ。なぜか「男」カテゴリに入れられてしまうわけ*3
そういえば、別にサッカーに限らずビジネス界でも、やり手のビジネスウーマンを「あの人は女じゃない」なんて形容するのはままあることですよね。白人がお気に入りの非白人を「名誉白人」と認定するかのごとく、優秀な女子は「名誉男」に認定されてしまい、結局「ガラスの天井の上にいるのが『男』、下にいるのが『女』」という図式は飽きもせず維持されつづけるわけです。(つか、この図式をゆるがせないためにこそ『名誉男』システムが採用されてるんでしょうけど)

4. どうすりゃいいのさ女子たちは?

やりたいことのジャンルにもよるけれど、

  • やりたいことをあきらめて「大きくなったらマネージャーになりたい」コース
  • 頑張って道を切り開いて「名誉男」認定コース

の二者択一状態というのはきっついわー。いや、心の底からマネージャーになりたい人や、「男」と呼ばれたくて仕方がない人は別に問題ないと思うんだけど、そうじゃない人は困ると思うんですよね。おそらく流されてマネージャーになる人や、あきらめて別のジャンルに移動する人が大半なのでしょうが(※根拠レスな印象論です)それでいいのか? つったら、よくないと思うし。
ほんとにもう、どうすりゃいいのさ、女子たちは?

*1:なごや東版。うちで取ってる版とは違うので、この作文を見つけたのはまったくの偶然でした。

*2:冗談めかして「か……漢だ」とか形容するんならまだわかる気はするんですよ。あと、女性のきっぷのよさなどを「男前」「男らしい」と呼んだりするのも、わりとジェンダーレスな称賛表現として既に定着してると思います。でも、女性をド直球で「男」と呼ぶのって、そういうのとはなんか違うと思うんです。

*3:もちろん、別に万人が沢選手を「男」呼ばわりしてるわけではないっていうのはわかるんですけどね。