映画『キンキー・ブーツ』感想

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ワーナー・ホーム・ビデオ 2012-02-08
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あったかい英国コメディ

イギリスの傾きかけた靴工場が、起死回生をかけてドラァグクイーン用のSEXYブーツ生産に乗り出すお話です。後半にややストーリーの荒さはありますが、全体的にあったかい、いい話でした。実話に基づいているっていうのがまた面白いですよね。ちなみにこの映画のモデルとなった会社"Kinky Boots Factory"のオンラインストアはこちら。ブーツはなんとサイズ13(日本のサイズだと31cmよ!)まで揃ってます。

演技について

ローラ/サイモン役のキウェテル・イジョフォーの迫真のドラァグ演技が光っています。「元ボクサーの巨漢の黒人、しかもドラァグクイーンのクラブシンガー、だけど地味な男性用の服を着ると気弱になる」という繊細な役どころを非常にうまくこなしていたと思います。

偏見の描き方について

田舎のマッチョ男のドラァグクイーンへの偏見を描いているという点では『プリシラ』をやや思わせますが、この作品には『プリシラ』ほどのシビアな諍いや対立の構図は出てきません。『キンキー・ブーツ』では、嫌な客から野次を飛ばされたりマッチョ男にチクチク意地悪をされたりすることこそあれ、誰も殴られてあごがずれたりしないし、バスのようなでかい物一面に嫌がらせの文句を書かれたりもしないんです。そこが薄味だと言えば言えますが、かえってリアルだとも思いました。

なお、面白いのは、マチズモを抱えた男性従業員たちと違い、女性従業員や高齢キャラたちはあっという間にローラを受け入れて味方になってしまうこと。女性はヘテロ男性と違ってホモフォビアを軸としたホモソーシャルな関係を築こうとする傾向があまりありませんから、ドラァグと親和性が高いのは当然と言えば当然ですが(『3人のエンジェル』なんかは、まさにそのことを柱にした映画ですよね)、おじいさん(ジョージ)やおばあさん(コブ夫人)のキャラクタが偏見ゼロというのはユニークかつユーモラスで、見ていて楽しかったです。

歌について

ドラァグクーンは普通口パクで歌うものですが、この映画ではローラは終始自分の声で歌っています。これはローラが表現者だということを表しているのだとあたしは解釈しました。ステージの衣装から照明からダンスからすべて自分でデザインしてしまうローラのことですから、歌声だって借り物では気に入らないはず。ローラのその豊かな創造性がブーツ製作にむけてぎゅうっと集中していくところが、たとえばバーガンディのブーツの名台詞なんかにしっかりとつながっているわけで、非常に面白い演出だなと思いました。

残念だったところ

お話の後半で、チャーリー(若き工場主)の言動のつじつまが合わなくなってしまっていること。あんなにひどいことを言って人に当り散らすほどショックを受けていたのなら、なんで最後にあっさりああなるわけ? ご都合主義すぎない? ていうか、せっかくここまでずっとイギリス映画らしい小技のきいたいい味を出していたのに、最後の最後でハリウッドのバカ映画みたいにしなくても。……と思ってしまって、せっかくのハッピーエンディングの魅力が5割減になってしまいました。せめてあのご都合主義シーン(に至る一連のシークエンス)の描き方さえどうにかしてくれれば、まだよかったのですが。

まとめ

プリシラ』ほどの派手さやカタルシスはないし、後半にややストーリーの荒さはありますが、それでも全体を流れるマイルドなユーモアやあたたかさは十分評価できる作品です。特にキウェテル・イジョフォーの演技は必見。レンタル屋さんにあったら、一度ぜひどうぞ。