映画『トーチソング・トリロジー』感想

トーチソング・トリロジー [DVD]トーチソング・トリロジー [DVD]
ハーヴェイ・ファイアスティン

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今なお鮮烈な、ゲイ映画の金字塔

同名の舞台劇をもとにしたビタースウィートなゲイ・コメディ。タイトルの通り3部作(トリロジー)の形で、ユダヤ系のゲイ主人公アーノルドの本音と愛が綴られていきます。1988年の作品なのに、笑いと悲劇を巧みに配してキャラたちの愛と敬意、そして家族の絆をがっつり描いていくストーリーは、今観てもまったく古さを感じさせません。ゲイが置かれていた、あるいは現在でも置かれている状況を訴える映画としても非常に貴重な作品です。特に主演・脚本のハーヴェイ・ファイアスティンによるDVDコメンタリーは必聴ものなので、ビデオ版でしかご覧になっていない方にも今一度のご鑑賞をおすすめいたします。

ストーリー

なるべくネタバレのない範囲で3部構成の内容を説明すると、こんな感じです。

第1部:「種馬」(International Stud)
1971年。ドラァグクイーンのアーノルドは、バイセクシュアルのエドブライアン・カーウィン)と出会う。しかし、エドは実はストレートになりたがっていた。
第2部:「農村をめぐるフーガ」(Fugue in a Nursery)
1973年。アーノルド、美少年アラン(マシュー・ブロデリック)と出会う。後半で大きな悲劇が起きる。
第3部:「未亡人と子供」(Widows and Children First!)
1980年。ゲイ・ファーザーとして養子デイヴィッドを育てるアーノルドと、ゲイに不寛容なアーノルドの母親(アン・バンクロフト)が全面対立する。
全体としてはコメディなんですが、ラブストーリーでもあり、悲劇でもあり、同時に家族の物語でもあります。実はセクシュアリティを問わず、あらゆる人に共通するテーマを持つ映画なんではないでしょうか。

見どころ

この映画の見どころはなんといっても第2部の悲劇と、第3部のアーノルドVS母親の口論だと思います。前者はファイアスティンの友達の経験が元になっているそうで、コメンタリーによると

このシーンは友達の経験を元にしている
彼は突然3人の男に呼び止められ金を要求された
“殴るぞ”と言われて
(ハードコンタクトレンズを入れているから)“目だけはやめてくれ”と頼んだ
そしたら真っ先に目を殴られたの
(引用者中略)
あれはNYのゲイの姿そのままだった
とのこと。こらそこの日本人、「あらあらNYは怖いわねえ」つって済まそうとすんじゃないわよ。日本だって同じなのよこんなこと。「あいつら“ホモバレ”を怖がって警察に届けないから」と、面白半分でゲイに暴力をふるったり恐喝したりする奴らはフツーにいるのよ、日本にだって。あの陶器のリンゴが砕け散るショットは、決して他人事じゃないのよ!

他人事じゃない、というのは、第3部のアーノルドと母親の対立についても同じです。特に有名なふたつの口論の場面は、双方が双方を愛していることがわかるだけに、よりいっそう胸に刺さる激烈なシークエンスになっています。ちょろっとゲイリブがかったドキュメンタリーかなんかを見て、「カミングアウトする勇気って素晴らしい☆」だの「同性愛を受け入れてあげましょう、理解してあげましょう♪」だのとのぼせあがっちゃうヘテロさんは、まずこういもんをしっかり見てほしいわ。同性愛者がカミングアウトして生きるっていうのは、こういうことなのよ。カムアウトする側とされる側の両方に愛があってさえも、それだけでは理解だの受容だのにはたどりつけなくて、余計にズッタズタに傷つくこともあるのよ。

この映画がすごいのは、これらの悲劇的なシークエンスをがっつり描きつつ、決してただのメロドラマに陥っていないこと。全編を包み込むユーモアももちろんその一助となっていますが、なんと言っても白眉なのはチャプター「母との戦い ラウンド2」でアーノルドが言い放つ名台詞。映画全体のテーマを体現しつつ、「『愛』だけでは理解し合えないとき、どうすればいいのか」という問いにひとつの解を提示する、きわめて重要な台詞だと思います。ネタバレ防止のため具体的内容は伏せておきますが、ハーヴェイ・ファイアスティンとアン・バンクロフトが感情が高ぶり過ぎて泣きそうになるのを必死でこらえながら演じたという(コメンタリーより)この場面、絶対に見逃せません。

その他

  • 小物の使い方が非常にうまい映画です。前述の陶器のリンゴもそうだし、アランのプレゼントのウサギが重要な場面でさりげなく登場しているところなんかもそうですね。アーノルドのあのスリッパとかも。静かで優しいラストシーンのアレも、いわずもがな。
  • 抑えた内容ながら、愛とエロスについてもいいですよ。マシュー・ブロデリックの唇がセクシー。

ハーヴェイ・ファイアスティン名言(オーディオ・コメンタリーより)

ファイアスティンおネエ様のコメンタリーが面白くて面白くて。いくつか抜粋してみます。

年代を過去に設定したのはエイズ問題があったから
映画を作ったころはエイズが社会問題化していて、ゲイの映画でエイズを無視すると批判されそうだった
でも作品を書いたのはエイズが騒がれる前のこと
それに異性愛の場合だって梅毒の問題があるのに、映画ではほとんど触れていない
ゲイの映画でも触れる必要はないはずよ
でも異性愛者はわかってくれない
だから年代を過去に設定した
エイズが騒がれる前の時代にね

トニー賞作品賞を獲ったとき)プロデューサーのジョンは檀上で恋人(ローレンス・レイン)に感謝し大騒ぎになったわ
翌日ジョニー・カーソンも同じことをしてね
世間は大騒ぎ 昔は違ったの
(引用者中略)
(翌年、ラ・カージュ・オ・フォールの受賞に際して)主催者に前年の“事件”を注意されて、受賞したいと思うようになった
そして受賞したの
壇上で恋人に感謝しても誰も気にしなかった
騒いだのは1人だけ 彼とは長く論争したわ
他に騒ぎ立てる人は誰もいなかった
今ではアカデミー賞などで恋人に感謝するのは普通のこと キスも平気でしているわ
ジョンとレインのように誰かがまず実行すべきなの
そうすればみんなが続く

ぼくたちはゲイ役はゲイに演じてもらいたいと思っている
数年前までは皆無に近かった
テレビの新番組を紹介した雑誌(ヴァニティ・フェア)の表紙に
ゲイのショーの出演者が出ていたの
ゲイの、というかオープンリー・ゲイの出演者は(10人のうち)たった1人だけで
“ゲイと呼んだら訴える”という人もいた
海に沈めてやろうかと思ったわ
彼のような人がいるから戦っているの
彼みたいな人って、“ゲイは間違いだ”と日常的に宣伝しているようなものでしょ

最初から最後まで、こんな話が目白押し。そうと知ってたら、DVDを積んでおかないでもっと早く観たのに! (VHSで暗記するほど観てしまったので、今さらDVDで観返さなくてもいいかと思ってたのが間違いでした……)

まとめ

ゲイ・コメディであり、ラブストーリーでもあり、そして家族の物語でもある、たいへんよく練られた映画です。ゲイの怒りと悲しみをきちんと織り込みつつ、決してただのメロドラマに終わらないところが素晴らしい。セクシュアリティを問わずすべての人に共通したテーマを持つ作品だと言えると思います。DVD版はハーヴェイ・ファイアスティンのオーディオ・コメンタリーが非常に面白いので、ビデオで既に視聴済みな方にもおすすめです。