「ゲイフォビア」という語について追記
上記記事の続きを掲示板(2006年9月21日)に書いたので、多少の加筆訂正を加えて転載しておきます。
おそらく「ゲイフォビア」は和製英語
いろいろ検索してみた結果、おそらく、「ゲイフォビア=和製英語」という説が正しいんじゃないかと思います。英語圏の人がhomo-という接頭語すべてに目くじらを立てていたら、「homogeneity(同種)」や「homophony(同音性)」なんて単語はどうするんだってことになりそうですし。
個人的に「ゲイフォビア」という言い回しが好きでない理由
あたしがこの「ゲイフォビア」という和風の言い回しがあまり好きになれないのは、第一に「それじゃ、レズビアンはどうするの?」と思うからです。日本では「ゲイ」とはすなわち男性同性愛者のことですよね*1。和製英語でわざわざ「ホモフォビア」を「ゲイフォビア」と言い換えることで、女性同性愛者に対する同性愛嫌悪が存在しないことにされてしまいそうで、ちょっと不安なんですよ。
さらに、「ホモフォビア」を「ゲイフォビア」と言い換えるのが正しいのだとすれば、「レズボフォビア」(lesbophobia)なんていう超マイナーな語まで「ビアンフォビア」と言い換えなければならないことになってしまい、それはどう考えても変だということもあります。「レズボフォビア」ですら知らない人が多いのに、それをわざわざさらに通じにくい珍妙な和製英語に変換するのが「正しい」ことだとは、あたしには到底思えません。
それから、この言い換え表現を流通させることによって、たとえば"act against homophobia"や"International Day Against Homophobia"などの活動を相対的に下に見る動きが出てこないか、という危惧もあります。単純に用語だけを見て、「あいつらは『ホモフォビア』なんて言ってる。差別だ! 手を貸すな!」なんて勘違いをする人が出てきたらやだなあ、と思うんです。
でも、「ホモ」という単語自体はやたらと使うべきじゃない
「ホモフォビア」という語は、むしろ異性愛者の病的な同性愛嫌悪を「アンタのそれ、まるで病気よ? 早く治しなさいよ☆」と揶揄する単語だと思うので、これを同性愛者への侮蔑語・差別語と解釈すること自体がヘンだと思います。でも、単独で使われる「ホモ」という単語自体は要注意ですね。これははっきりと侮蔑に使われる語ですから、やたらと使うべきではないと思います。
異性愛者はよく、侮蔑的な語を平気で使った後で「差別する意図はなかったのだからいいだろう」と言い訳をしますよね。でも、差別は無意識に起こるものですから、意図の有無は問題じゃないと思います。セクハラオヤジが逮捕された後で「セクハラの意識はなく、親愛の表現のつもりだった」と言っても(そして本当に最初からそのつもりだったとしても)許されないのと同じで、ポイントはあくまで、「相手の不快感や怒りに気づけるか、気づいたときに相手の価値観を尊重できるか」ということだと思います。
つまり、「ホモ」や「レズ」などの差別語の問題は、セクシュアリティーの問題ではなくて、相手の感情や価値観にどこまで敏感になれるかという”洞察力”や”想像力”、または”共感力”の問題だとあたしは考えます。
相手がどのような価値観を持った人かというのは、ある程度親しい間柄でなければわからないわけですから、
- よく知らない人や不特定多数の人とのやりとりでは(つまり、ロー・コンテキストな場では)あくまで中立的な表現を使うにとどめる
- 親しい相手とのやりとりでは(つまり、ハイ・コンテキストな場では)相手の価値観に応じて用語を使い分ける
というのがベストなんでしょうね。
「なんでもかんでもPC的な表現しか許さない」とか、逆に「親密な間柄でしか許されない語をいつでもどこでも押し通そうとする」とかいうのは、どちらも間違っていると思います。
誤情報の問題
以下、ビューワー様から教えていただいたサイトからの引用なのですが、どうも「ゲイフォビア」(ホモフォビア)に関しては、このような間違いまくった情報が流通しているフシがあります。(強調は引用者による)
なんじゃこりゃああ!! 何から何まで大間違いよ!
試しに英米の辞書に実際にあたってみると、"homophobia"の項には"a strong dislike and fear of HOMOSEXUAL people"(Oxford Advanced Learners Dictionary)とか、"hatrid and fear of HOMOSEXUALs"(Longman Advanced American Dictionary)などとあり、これらを訳すと「同性愛者に対する憎悪や恐怖」となります。つまり、英米の定義においては、"homophobia"は「ホモの」同性愛嫌いだとも「ノンケの」同性愛嫌いだともされてはいません。さらに、日本だろうと英米だろうと、実際にこの語が使われる場面では、圧倒的に「異性愛者の同性愛嫌悪」を指すことの方が多いっていうのに、何よこのヘンな定義。
たぶんこれは、中学生程度の英語力しかない人*2が、単純に"of HOMOSEXUAL"の"of"の部分を「の」という意味だと思い込んでしまい、「"of HOMOSEXUAL" とは『ホモの』という意味。だからこれは『ホモの憎悪や嫌悪=ホモがホモに対して抱いている嫌悪感』という意味なのだああっ!」と誤読一直線コースをたどったんじゃないかと思いますけどね。
これもビューワー様のご指摘にあったのですが、映画『ブロークバック・マウンテン』が話題になったとき、「ホモフォビアをあくまでも同性愛者の問題、としか見てないらしい人」というのがとても多く見受けられたんですね。ひょっとしたらそこには、こういう誤情報の影響もゼロではなかったのかも。そりゃ、こんな定義が流通しているのなら、「なるほどホモはホモ嫌いなのね、それでイニスとジャックはあんなに苦しんだのね、ああ可哀想可哀想。でもアタシは関係ないけど!」と決め付けて終わってしまう異性愛者も出てくるでしょうって。こんな定義をしたり、それを鵜呑みにしたりして、自分の中の同性愛嫌悪を軽やかに無視しちゃう日本のノンケたち*3ってばもう、本当に、”病的”だわっ!