一迅社『百合ミシュラン2007』の発売日とタイトル変更/「『百合』は『エス』と同じく現実の同性愛とは無縁」という一部の百合オタの発想がおかしい件について

一迅社『百合ミシュラン2007』の発売日とタイトル変更

以前は2007年8月発売予定だったのが、10月発売予定→12月発売予定とどんどん変更されてきた一迅社『百合ミシュラン2007』。今Amazonで見たら発売日は2008年2月18日に代わり、さらにタイトルが『百合作品ガイド(仮)』に変わってました。
ひょっとしたら「ミシュラン」の名前で本家MICHELIN社とモメて発売日が遅くなってたのかしら、と一瞬妄想したんですが、だとしたら西原理恵子の『恨ミシュラン』なんかもっとヤバいでしょうから、その線はなさそうですね。2008年に今さら「2007」と銘打った本を出すのもズレてるからとりあえずタイトル変更した、というところでしょうか。

「『百合』は『エス』と同じく現実の同性愛とは無縁」という一部の百合オタの発想がおかしい件について

個人的にこの『百合作品ガイド(仮)』の内容でちょっと興味あるのは、

★百合の歴史を辿る百合ヒストリー
百合の語源から最前線まで百合の歴史を年表とともに振り返ります。
Amazonの『商品の説明』より)
の部分です。というのは、百合好きヘテロさんの中には語源や歴史をまったく知らずに「『百合』は昔の少女小説の『エス』と同じく、現実の同性愛とはまったく別なものを指す用語。思春期だけで儚く終わるとかプラトニックな関係だとか、そういうのこそ『百合』なのよ!」なんていう大誤解をしている人がいたりするからです。でも、これはそのうち詳しく書こうと思ってるんですけど、「エス」も「百合」ももともとは現実の女性同性愛(もちろんその中にはプラトニックラブや思春期のなんちゃってさんも含まれたでしょうが、それが全部では当然ない)を指す言葉なんですよ?

つまり、

  1. 現実の(女子校での)女性同性愛が「エス」と呼ばれた時代、吉屋信子がその用語を使って「エス」小説を書いた。
    • ちなみに「エス」はプラトニックな関係だけではないと思います。たとえば田辺聖子はエッセイで「押入れにふたりで籠って何かしていて、真赤な顔で出てくる女学生」のエピソードなんかを書いてますし。
  2. 女性同性愛が「エス」ではなく「レズビアン」と呼ばれるようになると、異性愛者はその用語を使って男性向けのポルノを作った。
  3. 1970年代、「薔薇族」の伊藤文学氏がレズビアンを「百合族」と命名すると、異性愛者はまたその用語を使って男性向けのポルノを作った。
  4. 1980年代、にっかつロマンポルノの「百合族」シリーズが大ヒットすると、異性愛者の間にも「女性同士の関係を『百合』と呼ぶのだ」という認識が広がった。
  5. 1990年代のゲイ・ブームで、当の女性同性愛者の間に「レズビアン」という名前を引き受けて肯定的に使う人や、「ビアン」という略称を使う人が増え始める。一方、異性愛者の認識はあまり変わらないまま。
  6. マリみて大ブーム勃発。「こうした(マリみて的な)性愛の絡まない創作上の女女関係のことを『百合』と呼ぶのだ」という大誤解が普及。たくさんの人が「百合」という用語を使って異性愛者向けの創作物を作った。
  7. 百合ブーム勃発。現実の同性愛を嫌悪する&これまでの歴史を知らない百合好きたち(の一部*1)が、「百合とレズは違う」と喧伝し始める。中でも昔のプラトニックな「エス」小説の存在に目をつけた者は、「『百合』は『エス』の継承者で、思春期だけの淡いプラトニックな世界」などと言い始めたりする。いずれにせよ、「レズはキモいが百合/エスは素晴らしい」などという声は今日もやまない。

……というのがこれまでの流れだと思うんです。この流れの中でずっと行われてきているのは、「表象の横奪」ってやつ。「エス」も「レズビアン」も「百合」も、もともとは現実の女性同性愛者を指す言葉なのに、ポルノ業者だのホモフォビックな百合オタだのにいいように盗まれ、勝手な意味付けをされ、あまつさえ同性愛嫌悪の拡大再生産のために使われちゃってるんですよね。そこがたいへん腹立たしいし、悲しい*2です。一迅社の出版物なら手に取る百合オタさんも多いでしょうから、この『百合作品ガイド(仮)』できちっと語源や歴史の解説をしてくれると嬉しいなあ、と思います。

「そのうち詳しく」とか言いながら結構詳しく書いちゃった。まあ、いいか。なお、「表象の横奪」については「ユリイカ 12月臨時増刊号 BLスタディーズ」に収録されている、石田仁さんの「『ほっといてください』という表明をめぐって やおい/BLの自律性と表象の横暴」(pp114-123)という一文がたいへん面白かったので、興味がおありの方はぜひご一読を↓。

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*1:いや、実際には一部じゃなくて大多数かも。

*2:「『自分は』思春期限定のプラトニックな百合作品が好き」というのなら個人の自由ですし、別にいいと思うんですよ。でも「百合は皆そうであるべき!」とか「これこそ日本の(『エス』の時代からの)伝統!」みたいなのはちょっと違うでしょう、と思います。