女子高生でいることは、レズビアンでいることより大変かもしれない

うちの生徒(あたしの仕事は塾講師)がこないだ怒ってました。
「女子高生だっていうだけで、『遊んでるんでしょ』とか『援交してるんでしょ』みたいな目で見てくる人たちが本当にうざい。地下鉄の中でいきなり『○万でどう?』って値段交渉されたりとかさ! してねーっつの援交なんて! あと、突然『パンツ売ってください』って話しかけられたこともあるよ。バッカじゃねーの!? マスコミの騒いでる『女子高生』みたいな女子高生ばっかじゃないのに!!」
世間様(の一部)から勘違いしたエロエロイメージを押し付けられて迷惑してるのはレズビアンも同じですが、クローゼットでいられない分だけ、女子高生の方が大変かもなと思いました。何しろ女子高生は制服着て歩かなきゃいけないから、「歩くカミングアウト」状態だし。あとレズビアンはまだ「レズビアンじゃなくてビアンです」だの「人間として人間を愛してるんです*1」だのと逃げをうつことができるけど、女子高生はどこまで行っても「女子高生」としか名乗れないから、逃げ場がなくて大変そうです。
こないだ、「ファンタジーとしての同性愛」というエントリの中で、「遠くにあるものには手前勝手な幻想を託しやすい」と書きました。オヤジ連中から見た女子高生というのも、遠い存在であるだけに何かとんでもない幻想を押し付けられがちなんだと思います。とすると一番大変なのは女子高生のレズビアンなのかしら。フェム系じゃなければそうでもないのかしら。

*1:個人的にはこういう物言いは「意味わからん」と思います。ヘテロだろうとゲイレヅバイだろうと、誰だって「人間として」相手を愛していると思うんだが。恋人のことを「牛として愛しています」とか「食卓塩として愛しています」とか、そんな奴見たことねーよ。それとも、こういうことを言いたがる人って、「私たちは獣姦趣味はありません」ってアピールでもしたいわけ?