マックス野良猫説：いち猫飼いから見た『マッドマックス　怒りのデス・ロード』簡易感想

はじめに

あまりにも濃い作品だし、あまりにも好きすぎて、映画全体の感想はちょっとやそっとじゃ書けそうもありません。そこで、今回はごくごく簡易な感想のみにとどめます。とりあえず映画館の中で素で頭に浮かんだ「マックス野良猫説」についてだけ、メモがわりにまとめました。

マックス野良猫説

映画序盤、イモータン・ジョーの砦でマックスが暴れに暴れて全力で逃げ回る場面を見て即座に思ったのが、「猫じゃん、これ」ということでした。

猫の中でも"feral cat"と呼ばれる、100%野良生まれ野良育ちで野性味がめちゃめちゃ強いやつは、たとえ人間に飼われた後でも、獣医さんに連れて行かれるときなんかにあれとそっくりの爆発的な逃げ方をします。驚異的な瞬発力で人の手をもぎ放し、走り、障害物を乗り越え、行き止まれば即座に上方に登り、何にでも飛びつき、つかまり、隙間を探し、足をつかまれたら死にものぐるいで蹴りまくって、何が何でも逃げ延びようとすんの。「つまりここでのマックスは、獣として描かれているのだな」とあたしは思いました。あのすさまじいボディ・ランゲージは、どう見ても人間のものではありません。彼に肛門腺があったら間違いなく追っ手たちが頭から臭い液をひっかけられているレベル。

そこで思い出されたのが、映画冒頭でのマックスの「お食事」シーン。『マッドマックス2』でのお食事シーンとの対比が鮮やかですよね、あれ。2の時点でマックスがうまそうに食べているのは、缶入りドッグフードでした。あれだってかなり人間の尊厳をかなぐり捨てているように（公開当時には）見えたものですが、『怒りのデス・ロード』を見てしまった今では、

缶切りを使って缶詰を開け、
人間が作った食べ物を、
フォークを使って食べる

という要素が満たされている時点で、エリゼ宮の晩餐もかくやというぐらいお上品で人間味あふれるシーンにしか見えません。詳細は伏せますが、『怒りのデス・ロード』のオープニングでとある物を食すマックスの姿は、やはり野良猫そのものですからね。人間の尊厳を持たない、獣としてのマックスなわけです。

そう思って見ると、『怒りのデス・ロード』でのマックスがやたらと口籠もり、なめらかには喋れないことや、名前を聞かれて最初教えようとしないことも、当然としか思えませんでした。猫は基本的に鳴き声で意思疎通する習性を持ちません。飼い猫が人の顔を見てニャーと鳴くのは「こうすれば人間が反応する」という学習の結果によるもので、ヒトとの接点のない野良猫は(1)仔猫が母猫を呼ぶとき、(2)発情期、(3)威嚇または悲鳴、ぐらいしか声を発しません。もちろん名前もまた、猫にとってはヒトとのかかわりの中でしか意味を持ちません。マックスはそれぐらい人間社会を切り捨てた、獣の生活をしてきたのだなあと思いました。

そんなわけで、後半でマックスがフュリオサに向かって必死で"Max. My name is Max."と呼びかける場面、あれは彼の人間性の回復を象徴するものであると自分は解釈しました。動物的生存本能だけに突き動かされて生きていたマックスが、行きがかり上とはいえフュリオサたちのコミュニティーに関与し、癒し手に回る（特に輸血シーンを思い出してください）ことで自らもいくぶんか回復した――結局そういう話なんじゃないかな、これは。

しかしながら、それでもやはり全てが終わった後黙って砦を去って行くあたり、マックスは野良でしかないのだと思います。警戒心の強い元野良だと、たとえ飼われて多少ヒトになじんでも基本的には「家庭内野良」でいつづける（隠れる、逃げる、触ると怒って猛烈に攻撃する）猫っていますよね。おそらくマックスはそのタイプなんじゃないかと。過去の恐怖やトラウマがぬぐい去れず、まだヒトが怖いんですよ。室内飼いにしようとしたって、遅かれ早かれ網戸をぶち破って逃げ出すよ。

そう言えば、『メイキング・オブ・マッドマックス　怒りのデス・ロード』（アボー・バーンスタイン著、矢口誠訳、玄光社）では、このラストシーンについて、脚本のニコ・ラソリウスがいみじくもこんなことを言っていました（p. 172）。