親を怪物扱いしたところで、子供は救われないよ

まずはこの動画をどうぞ

以下は、フィンランド非営利団体Lasinen lapsuus (The Fragile childhood Organization)が製作した広告。

Fragile Childhood - Monsters - YouTube
この動画は、「ブログタイムズ」さんの、反児童虐待を訴えるCM “諦めの表情を浮かべる子供の目に映る親の姿とは” | ブログタイムズBLOG 【海外広告事例】というエントリ経由で知りました。アルコール依存症の親に苦しめられて育った身としては、ブログタイムズさんの紹介の仕方にも、そしてこの動画そのものも、いろんな意味で疑問を感じました。

これは「アルコール中毒の親」による「児童虐待」についてのCMではないのでは?

まず、ブログタイムズさんでの紹介の仕方が妙です。これを「反児童虐待を訴えるCM」と呼んだり、


ここでCMのネタバラシ。
『子供たちの目に、親が“こんな化け物(モンスター)”に映るのは、親がアルコール中毒になった時ではないでしょうか』というメッセージが表示されます。

と説明したりするのは、事実とズレているのでは。というのは、実際には、CM内でも、そしてYouTubeにLasinen lapsuus(The Fragile Childhood)がつけたコメントでも、「児童虐待」や「アルコール中毒」についてはひとことも触れられていないからです。CM内のテロップで流れるメッセージも、本当はこんなです(訳はみやきちによります)。


わたしたちがずっとお酒を飲んでいるとき、子供の目にわたしたちはどう映っているのでしょうか?
わたしたちが行動を変えられるよう、率直な意見を話してください。
親の飲酒についてあなたがどう思っているか、匿名で教えてください:Fragil Childhood /Facebook
How do our children see us when we've been drinking?
Speak out to help us change the way we behave.
Share your thoughts anonyomusly on parental alcohol use: Fragil Childhood /Facebook.

あたりまえですが「ずっとお酒を飲んでいる=アルコール依存症」というわけではありません。ちなみにCM内で紹介されているFacebookのページを見ても、ほとんど誰もアルコール依存や虐待の話などしていませんでした(9月19日現在)。ディスカッションを見ればわかる通り、こんな話が繰り広げられています。


子供が周りにいるときに酒を飲んでもいいのでしょうか? どこまでなら許されるのでしょう? ここで匿名で率直に語ってください!
Is it ok to have a drink when children are around? Where is the limit? Speak out anonymously here!

で、それに対して「遊園地など子供のいる場所ではアルコールを売るべきではない」などの意見が寄せられているんです。そう、これは「アルコール中毒の親による虐待」限定の話ではなく、もっと広い範囲での飲酒の問題を訴えかけるCMなんです。それなのに元の動画にないメッセージを後付けして、意味を狭めてしまうのはどうかと。

もちろん、CMに出てくるような親たちがアルコール依存症である可能性は否定できません。子供に心理的被害を与えるという意味で、「児童虐待」であると解釈することも不可能ではないでしょう。しかし、以下の2点から、あたしはやはりこのCMの意味はもう少し広く受け止めた方がいいと考えます。

  1. アルコール依存症というのは否認の病です。たとえ大小便を垂れ流しながら専門病院にぶち込まれるはめになっても「他の入院患者はアル中だが、自分だけはちがう」と言い張るというのがアルコール依存症患者です。そんな彼ら・彼女らに「『アル中』による『児童虐待』を告発するCM」としてこの怪物CMを見せたところで、「自分はアル中じゃないから関係ない」として平気で飲み続けるだけですよ。よってこのCMを「アルコール中毒の親の話」という注釈つきで流通させたところで、誰も救われないと思います。テロップ通りに、「子供の前でずっと酔っ払っていていいのか!?」という視点を紹介した方が、まだしも効果的なのでは。
  2. 虐待は人間離れした怪物が引き起こすことではなく、どんな人にも起こりうることです。虐待を「怪物のすること」扱いするのは、悩める親を孤立させ、誰にも相談できなくさせ、虐待をより深刻化させる可能性があります。よって、ここでわざわざ元CMにない「虐待」という語を持ち出すのは得策ではないとあたしは考えます。

CM自体がちょっとおかしい

酒害家族で育った身として断言しますが、飲んだくれの親を持つ子供の最大の悲劇は、「そんな親でも嫌いになれないこと」なんです。小さな子供にとっては、どんなにひどい親でも大好きなおとうさん、おかあさんなんです。怪物なんかじゃないんですよ。いっそ怪物だと思えたら、どんなに楽だったか。

「世界でいちばん好きな人たちが、世界でいちばんひどいことを自分(子供)にしてくる」という矛盾に引き裂かれることこそが、子供にとっての悲劇なんです。こういう家庭で育つと、子供は親を責めるよりまず「自分が悪い子だからこうなるんだ」と思ってしまいます。小さな子にとっては自分の家庭こそが標準でありグローバルスタンダードですから、よそのおとうさんやおかあさんはこんな風ではないだなんてわかりません。それで混乱して、「悪いのは自分だ」と思ってしまうんです。

このCMには、そうした子供の視点が抜け落ちています。飲酒の問題を抱えた親を怪物視するというのは、アルコールの問題がない家庭で平和に育った大人の発想でしかないように、あたしには思えます。勝手にあたしたちの親を怪物にしないでください。ただでさえ死ぬほど傷ついて育ってきた子供たちに「おまえの親は怪物で、おまえは怪物の子」とレッテルを貼る行為がどれほど残酷かわかってんの?

「やつらは怪物」と他者化して石を投げたところで、問題は何も解決しないんですよ。それは子世代を余計に傷つけ、親世代を孤立させるだけです。このCMは、たいしてお酒を飲まない層に「うむ、子供の前で飲んだくれることは悪」と思わせる効果はあるかもしれませんが、肝心の問題飲酒群やその子供たちの助けにはなりにくいんじゃないでしょうか。たとえ遊園地や公園での酒類販売が禁止されたって、親は家では好きなだけ飲んで暴れ回れるわけですからね。問題が密室化して、子供がより痛めつけられるだけです。

本当に子供を救うには、下記のような動画の方がよっぽど効果的なんじゃないかとあたしは思います。

Daddy Drinks Too Much - Al-Anon


Daddy Drinks Too Much - Al-Anon - YouTube

米国のノーザン・イリノイにあるアラノン(アルコール依存症の家族・友人を持つ人のための自助グループ)が作った動画です。当事者の声満載。たとえば、こんな。


パパはまるで、わたしたちが悪いことをしたときしかわたしたちに興味を向けないみたいだった。
it seemed as though my daddy only paid attention to us if we misbehaved.


8年生の卒業式の日に父が酔っ払ったことは絶対に忘れないだろう。
姉が母親と自分を車で卒業式会場まで送らなければならなかった。
子供はこういうことを決して忘れないものだ。
I will never forget that he got drunk on the day of my eighth grade graduation
My sister had to drive my mother and I to the gratuation
You never forget things like this when you are young.

もしも酒を飲む親が「怪物」であるのなら、興味なんて向けられない方がいいし、卒業式にも来てほしくないと思いません? 「怪物」として単純に切り捨てられないからこそ苦しむんですよみんな。動画冒頭の説明文でも"alcohoric loved one"(アルコール依存症の、愛する人)という表現が使われており、飲酒の問題がある人を悪者扱いして終わりではない姿勢がうかがえます。

How To Detect the Signs Of Alcoholism


How To Detect the Signs Of Alcoholism - YouTube

こちらは、問題飲酒群に自分の状態を把握させ、治療につなげるための動画。「毎日飲むか」「大量飲酒(1度に5杯以上)するか」「頻繁に記憶が飛んだり二日酔いになったりするか」などの具体的な基準を挙げていき、最後に「当てはまる人はこのフリーダイヤルに連絡を」と相談先を提示するという構成になっています。キモいモンスターのかぶり物をした人を見せて「お前はこれと同じ」と脅すより、よほど世のため人のためになるのでは。

まとめ

子供の前で大酒を飲むことはたしかに問題だけど、だからといって飲酒者を忌むべき怪物扱いしたところで何の解決にもなりません。ましてや、怪物=アルコール中毒者=虐待者とさらに限定的な意味づけをほどこしたころで、当事者はひとつも救われません。
本当に問題を解決したいのなら、

  • 飲酒の問題は誰にでも起こりうるという認識を共有すること
  • 酒害家庭の子供には、苦しさを分かち合える仲間と、安心できる場所を提供すること
  • 酒害者本人には、自分の問題を把握するための具体的な判断基準を示し、専門家による相談につなげること

の3点を重視するべきであり、CMを作るならこっち方面を狙った方がいいんじゃないかとあたしは思ってます。