映画『レ・ミゼラブル』(2012年版)感想

すごく良かった。とくにエポニーヌが最高。結局これ、「原作を書いた人」、「舞台版をつくった人」、「舞台版を映画化した人」がみんな凄腕だったという奇跡のもとにうまれた作品なのだと思います。

まず原作がすごい

映画版を観る前に、まず予習として青空文庫で原作小説を完読してみました。すさまじく面白かったです。150年も前に書かれた小説なのに、少しも古くなってない!!

レ・ミゼラブル 04 第一部 ファンテーヌレ・ミゼラブル 04 第一部 ファンテーヌ
ヴィクトル ユゴー 豊島 与志雄

2012-09-13
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週刊連載の少年漫画もかくやと思わせるジェットコースター展開な上に、今日的な要素がこれでもかとばかり出てくるんですよねこの小説。たとえば19年の服役後、前科を示す身分証明書のために職も居場所も得られずふたたび犯罪に走るジャン・ヴァルジャンジャン・バルジャン)の姿は、「出所した犯罪者へのGPS装着ははたして正しいのか」という問題を思わせます。下司な好奇心からわざわざモンフェルメイュにまで出かけてファンティーヌ(ファンテーヌ)の素姓を嗅ぎまわり、ついに工場から追い出してしまう女工たちは、いわゆる「スネーク」行為や晒し上げに熱中するネットユーザそのもの。失業を機に壮絶な貧困スパイラルに陥るファンティーヌの姿だって、現代のワープア事情から見て少しも他人事ではありません。そして第四部で自分に襲いかかったモンパルナスをねじ伏せたジャン・ヴァルジャンの台詞の凄みは、「働いたら負け」派の皆さんを心胆寒からしめること間違いなしです。エポニーヌのいじらしい喪女っぷりも泣けるよ。マリユス(マリウス)とコゼットの恋ばっかり見てる場合じゃないよ。
つまるところ、ハラハラドキドキのストーリーラインと、分厚く精緻な人間描写が、時代も場所も飛びこえて読み手の心をひっつかみにくる作品なんですよ。全体をつらぬく重厚なテーマも、がつんと響きました。作者ユゴーと出版社の間で交わされた世界一短い手紙(「?」「!」)でも知られる小説ですが、通読して「こりゃあ、売れるに決まってるわ」と嘆息しましたよ。21世紀の今読んでも、「!!!!!」だわ。

舞台版ミュージカルもすごい

さて小説を読み終えて、「こんなに壮大な物語を、どうやってミュージカルに落とし込むんだろう?」と不思議に思ったんですよ。そこで、さらなる予習として、『レ・ミゼラブル 25周年記念コンサート』をブルーレイで鑑賞してみました。

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もうね、1曲目の「Overture / Work Song」を聞いた時点で「こう来たかー!!」と大納得。原作の第1編をばっさりと刈り込み、この曲だけでいきなりジャン・ヴァルジャンの苦境とジャヴェル(ジャベール)との対立を打ち出していて、しかも違和感はゼロ。刈り込み方のうまさは、コゼットの幼少期や、ファンティーヌの淪落の描き方にも感じました。エピソードを相当大胆に削っているのに、ドラマ性も力強さも原作と変わらないんですもん。
そしてそして、逆に原作よりも大幅にクローズアップして描かれている喪女エポニーヌの「On My Own」のインパクトと言ったら!! 「ひょっとしたらこの話、エポニーヌが主役だったんじゃね?」とまで思わされてしまう切なさと美しさです。歌詞がいいんだ、また。
このブルーレイはあくまでもコンサートの映像であってミュージカルそのものではないんですが、作品世界の迫力と奥行きはじゅうぶん伝わりました。あれだけ長く濃厚な原作を、よくもまあここまで音楽という形で表現し切ってみせたものです。舞台版のレ・ミゼが世界中で大ヒットしたのもうなずけます。

2012年映画版もすごい

上記の予習を終えて、満を持して観たヒュー・ジャックマンの映画版。まず、「映画なんだからこれもやろう、あれもやろう」みたいな無駄な部分がまったくないところにびっくり。もちろん、囚人たちが船を引き揚げる場面やジャヴェルの最期など、映画ならではのド迫力映像も出てきはしますよ。でも、それが決して「やりすぎ」や「嫌味」になってないんです。映画なんだからと色気を出しすぎてわけのわからない作品になってしまった『マンマ・ミーア!』(2008)などとはえらい違い。

キャスティングもよかったなー。ミュージカルの映画化というと、「映画ファンが喜びそうなキャスティング」に走りすぎて、知名度が高いだけで歌えない人を主役に据えちゃうってことが多いじゃないですかフツー。ほら、『マイ・フェア・レディ』とかさ。『ウエスト・サイド物語』とかさ。でもこの『レ・ミゼラブル』(2012年版)の場合、ヒュー・ジャックマンアン・ハサウェイももともと舞台で歌える実力派。ミリエル司教役のコルム・ウィルキンソンなんて、舞台初演時にジャン・ヴァルジャンやってた人なんですから。

隠れた主役エポニーヌを演じるのが、25周年コンサートと同じサマンサ・バークスなところにも感激しました。前述の「On My Own」の場面が、やはりすばらしかったです。この曲を使ったトレイラーがあったので、貼っておきます。あ、ちなみに雨の中で泣きながら歌ってる人がエポニーヌね。


歌詞の意味を知りたい方は、参考までにこの本田美奈子による日本語バージョンをどうぞ。

もうやっぱり主人公はエポニーヌなんじゃね? それでいいんじゃね?
他の楽曲も総じてクオリティが高く、あれを全曲演技しながら歌ってライブ収録したというキャスト&スタッフのド根性に感動しました。一時が万事、舞台版ミュージカルをとても大切にしたつくりだったと思います。ストーリーもわかりやすく、ジャン・ヴァルジャンとジャヴェルの「同じコインの裏表」(衣装のパコ・デルガド談)ぶりがくっきりしていて面白かったです。
唯一難点を挙げるなら、ジャヴェルを演じたラッセル・クロウの歌唱力でしょうか。もともとミュージカル俳優ではないことが響いてか、どうしても「がんばって練習しました」感がにじみ出てしまっていたように思います。25周年コンサートのノーム・ルイスと比べると、実力差がありすぎて気の毒になってくるレベル。とは言え『シカゴ』のリチャード・ギアよりはよほど上手だったし、映画版から入った人ならわりと違和感なく観られるんじゃないかしら。

まとめ

下敷きとなった舞台版がすばらしいこともあり、ヴィクトル・ユゴーも草場の陰で小躍りしそうな傑作映画でした。「ミュージカルの映画化」というきわめて難しい(そしてたいていは失敗する)事業をこれほどうまくやってのけた神業に、心からの敬意を表したいと思います。