「ゲイキャラを異性愛者キャラに変えれば契約する」?:米YA小説界の現状と展望


ふたりのヤングアダルト(YA)小説作家が、「パブリッシャーズ・ウィークリー」のサイトで、YAジャンルではエージェントからゲイの登場人物を異性愛者に変えるか、あるいは完全に切り捨てるよう要求されると書いています。これは必ずしもエージェントの偏見によるものとは限らず、マーケティングの問題だというのがこのふたりの意見です。

詳細は以下。

この記事を書いたのは、Rachel Manija Brownさん*1とSherwood Smith*2さん。終末後の世界を舞台にしたヤングアダルト小説を共同執筆しているそうです。アメリカでは作家が直接出版社と交渉することは少なく、マネージャーのような役割を果たす「リテラリー・エージェント」と契約することが多いのですが、YA業界では契約の条件としてゲイのキャラクタを改変するか削るかするよう要求されがちだとふたりは主張しています。

BrownさんとSmithさんの共同作品『Stranger』は5人のキャラの視点で綴られており、うちひとりはユウキ・ナカムラ(Yuki Nakamura)というゲイ少年です。ユウキには彼氏がいて、同じ作品のヘテロキャラと同様に、キス程度までのロマンスが展開されるとのこと。

この作品について、ある大手エージェンシーのエージェントは、ユウキを異性愛者にするか、ユウキ視点の描写をなくして彼の性的指向に関する部分を削るかすれば契約すると言ってきたのだそうです。Brownさんがそこは譲れないと言うと、作品が売れて続篇が必要になったら、そのときユウキがゲイだと明かせばいいと言われたとのこと。


これが当てにならない申し出だということはわかっていました。続篇があるかどうかさえ、誰にもわからないんですから。それに、これではモラル上の問題は解決されませんでした。同性愛者がYA小説の主要キャラをつとめることを拒否するというのは、同性愛者のティーンエイジャーに向かって、お前たちはまったく不快な存在だから、お前たちのような人間はフィクションの中に登場することすら許されないのだと言っているのと同じです。
We knew this was a pie-in-the-sky offer―who knew if there would even be sequels?―and didn’t solve the moral issue. When you refuse to allow major characters in YA novels to be gay, you are telling gay teenagers that they are so utterly horrible that people like them can’t even be allowed to exist in fiction.


私たちは、私たちが知っているティーンエイジャーたち、つまり同性愛者もいれば白人でない子もたくさんいるティーンエイジャーたちが、たまには自分たちが終末後の世界でヒーローをつとめる面白い冒険ものを読めるようにとこの小説を書きました。そうしたら、そんなものは認められないと言われたのです。
We wrote this novel so that the teenagers we know―some of whom are gay, and many of whom are not white―would be able, for once, to read a fun post-apocalyptic adventure in which they are the heroes. And we were told that such a thing could not be allowed.

これは必ずしも特定のエージェントの偏見や個人的感情によるものとは限らず、マーケティングの問題なのではないかと著者たちは書いています。実際、同性愛キャラの部分を改変した方が売れやすいとも言われたそうです。


でも、エージェントがそのキャラクタを認めない理由がエージェントの個人的感情だろうと、売れ行きの推測だろうと問題ではないのです。問題なのは、同性愛者のキャラクタが、自分自身の物語からそっくり削られてしまうということなのです。
But it doesn’t matter if the agent rejected the character because of personal feelings or because of assumptions about the market. What matters is that a gay character would be quite literally written out of his own story.

さて、面白いのが、この記事では名を伏せられているエージェンシーが「これはうちの社のことだ」として次のような反論を書いていることです。


彼らの原稿に対する私たちの反応について書かれたあの記事には、何ひとつ真実は含まれていません。
there is nothing in that article concerning our response to their manuscript that is true.

メインストリームの本には、多様な人種、性的指向、宗教的信念、身体または精神の(もしくは、身体と精神の両方の)障害を持つ登場人物を描き出すものが十分あるとは言えません。
これを変えるには、まず読者からです。このことについてはScott Traceyがブログですばらしい記事を書いています。これらの要素のある本を買う人が増えれば、出版社はこのような本をもっと出したいと思うでしょう。簡単そうに見えます……が、そう簡単ではないのです。
こうした本を探している読者の心をとらえるにはどうしたらいいんですか? そして、さらに重要なことですが、特にこのような本を探していない読者の心をとらえるには?

There are not enough mainstream books that depict characters of diverse race, sexual orientation, religious beliefs, and physical and/or mental disabilities.
Changing this starts with the readers. Scott Tracy has a great post about this on his blog. If more people buy books with these elements, then publishers will want to publish more of them. Sounds simple…yet, it’s not so simple.

How do we reach the readers who are looking for these types of books? And more importantly, how do we reach the readers who aren’t specifically looking for them?

で、これに対するBrownさんとSmithさんの反応はこちら。


前回の記事では名前を明かさなかったエージェンシーが、私たちとのやりとりを向こうがどう受け取っていたかを述べるために名乗り出ました。
私たちが彼女たちの名前を出さなかったのは、もっと大きな問題に焦点を当てたかったからです。彼女たちについて噂を広めたりはしていないし、誰がそうしたのかもわかりません。
私たちがこの話を公開した理由はこうです。1ヶ月前のやりとりの後、私たちはエージェントやエージェンシーの名前は伏せて、たくさんの作家と内々で話をしました。「私もです!」という圧倒的な反応が返ってきました。私たち以外にもたくさんの作家が、時にエージェント契約や売り上げのため、エージェントや編集者からキャラクターのマイノリティー属性を外すようにと要求されていたのです。編集者が著者に知らせずに、または許可も得ずにキャラクターのそうしたアイデンティティーを変えてしまっていたことも時々ありました。
The unnamed agency in our previous post has chosen to come forward to present their perception of our exchange. We confirm that it was the agency we referred to. We stand by every word we wrote in our original article.
We did not wish to name them, because we preferred to focus on the larger issues. We did not spread rumors about them, and we don’t know who did.
This is why we went public: After the initial exchange a month ago, we spoke in private to a number of other writers, without mentioning the name of the agent or agency. There was an overwhelming response of “Me too!” Many other writers had been asked by agents and editors to alter or remove the minority identity of their characters, sometimes as a condition of representation or sale. Sometimes those identities had been altered by editors without the writers’ knowledge or permission.

これ、どちらの言うことにも一理あると思います。ただ、あたしがひっかかるのは、エージェンシーの側が「特にこうした本を探していない読者の心をとらえる」ことの方を「さらに重要」とツルッと書いてしまっていることです。エージェンシーが「特にこうした本を探していない読者」優先の態度を崩さないせいで、マイノリティーのヒーローが活躍する話が改竄されてしまうことが問題だっていう話じゃないんですか、これは。

それでは売り上げが伸びないという声もあるでしょうが、これについては元記事のコメント欄に興味深い意見があります。


私は白人異性愛者ですが、白人で異性愛者の人(すなわち退屈な人々)は狭量で利己的だから、登場人物が白人異性愛者ではないという理由でこの本を買わないだろう、だから売れないだろうと思われると、自分が白人異性愛者であることが嫌になります。そんなのは人を見下した、侮辱的な憶測です。
I am white and straight and I hate it when someone decides that a book will not sell because white, straight (ie the boring) people will be to hidebound and self interested to buy it because the protagonist is not white and straight. It is a condescending and insulting assumption to make.

マジョリティーは自分と同じ属性のキャラだけを好むだろうという想定が、実はマジョリティーに対する侮辱になっているというわけですね。この視点は重要かと。

結局どうすればいいかというと、Scott Traceyさんのエントリのこの部分が最も的を射ているのではないでしょうか。(ちなみにTraceyさんは超常能力を持ったゲイの主人公が活躍する『Witch Eyes』というYA小説の著者で、やはり主人公を少女に変えろなどと要求されたことがあるのだそうです)


出版業は完全にホモフォビックなわけでも、完全に協力的だというわけでもない。出版業はさまざまで、変化があり、事態がどう進展するかをひとつの基準ではかることは不可能だ。出版業はビジネスだ。そして、たくさんの異なる信念を持ったたくさんの異なる人々によって運営されるビジネスなんだ。
LGBTな内容を持つ本がもっとたくさん欲しいなら、既に売られているものを買おう。出版社に、こうした本に投資すれば多くの利益が得られると示すんだ。
Publishing is not completely homophobic, or completely supportive. It varies, and it changes, and there’s no one standard for how things work. It’s a business, and it’s a business run by MANY different people with MANY different beliefs.
If you want more books with LGBT content, buy the ones that are already out there. Show publishers that there’s profit to be made by investing in these books.
あたしがアホほどたくさん百合本を買ってレビューを書いている(レビューの方は今休止中ですが、本は買い続けています)のも、まったく同じ発想からです。なので、この意見にもっとも共感しました。結局のところ、「こういう本買うぜー!」と購買行動で示す以上に有効なことはないんじゃないかと思います。

余談

まるっきり余談ですけど、この件について報じたThe Advocateのコメント欄で日本の漫画の話が出てきて吹きました。


うーん、(訳注:ゲイキャラが改変・削除されるのは)本の購買層の問題なのでは。もしマンガのメイン購買層が親たちだったら、ワンピース56巻の表紙でロッキー・ホラー・ショーにインスパイアされたキャラを見かけることはなかったと思うよ。
Well, it's a matter of who's buying the books. I suspect if manga was mainly bought by parents, we wouldn't be seeing a RHPS-inspired character on the cover of One Piece volume 56.
ちなみにワンピース56巻の表紙はこんなです。
ONE PIECE 56 (ジャンプコミックス)

単語・語句など

単語・語句 意味
sequels 続篇、後篇、続き
explicitly 明白に
pie-in-the-sky 絵に描いた餅のような、実現しそうにない、当てにならない
write out <人が>役を[テレビなどの劇の台本から]削られる
hidebound 狭量な、融通のきかない、因襲的な