『春狂い』(宮木あや子、幻冬舎)感想

春狂い春狂い

幻冬舎 2010-05
売り上げランキング : 636

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

凄絶な美しさを持つ現代小説

17歳で自殺した少女を縦糸に、少女にかかわるさまざまな人々を横糸にして織り上げた緻密な現代小説。面白かった!! この凄味をおびた美しさと哀しさがたまりません。

帯には「初の官能ミステリー」とありますが(読んでから気づいた)、その形容はどうかなあ。全6編の短編がそれぞれゆるやかにつながって全体像が見えてくるところは、たしかにミステリー的ではあります。実際、読みながらちょっと湊かなえさんの作風を連想したりしました。だけど、特に「伍」「六」あたりの鳥肌が立つような展開は、ミステリーという枠を大きく越えたものがあると思うんです。このお話が書いているのは、謎解きでも犯人さがしでもなくてもっと悲痛なもの、もっと強くてどうしようもないものだとあたしは思いました。
官能、という部分についても、ただの官能には終わらないんですよこの小説。生まれたときから性暴力にさらされつづけた美少女を中心とするお話だけに、性的な(それもかなりえっぐい)場面は数限りなく登場します。でも、だからと言って、「オカズになるかも」という期待に胸と股間を膨らませて読むことはおすすめしません。指揮棒の場面(読めばわかる)でチンコが縮み上がるよきっと。それにそもそも、書き手が宮木あや子なわけですから、どんなに陰惨でエロエロしい場面でもそこにはさらりとした風が吹いていて、およそオカズ向けではありません。そこがかえっていいんです。

このお話の中の性も暴力も、すべては第六話での「ミツコの理解と前原の(まぶしいほど健康的な)不理解」のギャップに、言い換えるなら何が「異端」で何がそうでないかという永遠に答の出ない問いにつながっているんだと思います。ミツコは前原の健全な鈍感さに救われたけれど、少女には誰もいなかった。で、ああなった。そのやるせない事実がガツンと胸にひびき、ラストシーンは心情的によろよろよろけながら読みました。極端にエグくて性的で人もいっぱい死にまくるお話ですが、かつて異端だった元少年少女、今現在異端としてグッサグサ傷つきながら生きている少年少女、そして異端の反転としての「正常」をどうにかこうにか生き延びているすべての人におすすめしたい小説です。好きです、この本。