『放浪息子(10)』(志村貴子、エンターブレイン)感想

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エンターブレイン 2010-03-25
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告白が頻発する中、恐れていたことがついに

女のコになりたい男のコ「二鳥修一」の揺れ動く思春期を描く物語、第10巻。今回も各キャラのゆらぎ具合が丁寧に追われており、楽しく読みました。特筆すべきはまず、告白ネタをたくさん扱いつつも、終始「本人のジェンダーが、好きな人のジェンダーによって規定されない」という姿勢が貫かれているところ。それから、ついに二鳥くんに第二次性徴のきざしが訪れてしまうところ。他にも面白かった点はたくさんあるのですが、あたしにとってはこの2点が最もインパクト大でした。

告白とジェンダーについて

今回、二鳥くんからとある人への、そしてマコちゃんからまた別の人への告白が描かれるんですが、その描かれ方がどちらもよかったです。

この漫画においては、女に告白するのは「男」だとか、男を好きになったら「女」だとかいう考え方がまったくないんですね。二鳥くんもマコちゃんも、誰を好きになろうと、そして誰に好かれようと、本人は一貫して女のコ(になりたい男のコ)のまま。そこがすがすがしいな、と思いました。

誤解のないように言っておきますが、「本人のジェンダーがぶれないこと」が素晴らしいと言いたいわけではないんですよ。ぶれたければいくらでもぶれていいし、あるいは「自分にはジェンダーはない」として、ジェンダーアイデンティティを持つこと自体拒否したっていいと思います。大事なのは、その人のジェンダーが外から勝手に規定されないこと。つまり、誰を好きになるかとか、どんな言動をとるかとかを理由にして、「こういうことをするのは男/女」と外部から勝手に決定されないことだと思うんです。で、この漫画は、外部からのそうした決めつけにしなやかにノーをつきつける力があると思うんですよ。

そういう意味では、今回のあんなちゃんのこの台詞(p. 197)が非常に興味深かったです。


シュウすごいかっこよく見えたの おとなしそうなのに言いたいことちゃんと言えるし
(引用者中略)
だから勝手だけど男らしいシュウのイメージがあたしにあって 外見は女の子っぽいけどぜんぜんそんなことないっていうか
だからセーラー服着てさ 学校行ったって聞いたとき わかんなくなっちゃったの
自分の中のイメージとずれちゃったの

あんなちゃんの中には、「言いたいことちゃんと言」うというのは男らしいこと、セーラー服で登校するのは女らしいことという基準があるわけです。これって、わりと世間一般の価値観に沿った考え方ですよね。こういう台詞を一旦出しておいてから、二鳥くんの表情と言葉でしれっとカウンターを打ってみせる第82話が、あたしは大好きです。そう、二鳥くんは言いたいことをきちんと言えるし、かっこいいし、女のコを好きになったりもするけど、あくまで女のコなんですよね。そのへんがとてもよかったです。

第二次性徴について

10巻ではついに、おそれていた第二次性徴のきざしが二鳥くんを訪れます。つまり、二鳥くんもいよいよ9巻でのユキさんの過去エピソードと同じ流れのとば口に立たされるわけです。これがまた痛々しくてねえ。全体的にゆったりした流れの巻であるだけに、二鳥くんの些細な体の変化が、よけいにチクチクと読み手の胸に刺さってくる感じです。この先どうなるのか、もっのすごく気になります。

その他いろいろ

  • 土居くんと瀬谷くんがよかったです。特に瀬谷くん。メイド服のエピソードとか、真帆の台詞にいちいちうなずきながら読みました。あと、瀬谷くんだと二鳥くんと違って女装姿があくまで「女装した男のコ」にしか見えない(それでいて超絶かわいい)という描き分け具合にもほれぼれしました。
  • 高槻さんの揺れ方が9巻からの流れを踏襲しているところも興味深かったです。またそれを容赦なく抉る千葉さんのシビアさもよかった。

まとめ

「主人公のジェンダー意識は一貫して揺るがないのに、体だけは容赦なく変化し始めてしまう」という、じりじりするような巻でした。おだやかな流れであるにもかかわらず、読んでいてとてもつらい感じ。でも、読んじゃうんですけど。11巻も非常に楽しみです。