『放浪息子(6)』(志村貴子、エンターブレイン)感想

文化祭での性別逆転「ロミオとジュリエット」が中心となる巻。劇が「みんながちゃんと幸せになるお話」なところと、ジュリエット役のあの人(伏せます)のいじらしい奮闘ぶりがとても良かったです。
けれど、ストーリーの焦点は、劇そのものよりもむしろそれをとりまくキャラたちの心の動きにあります。今回特に興味深かったのは、第二次性徴ネタのエピソードの数々です。高槻さんがあの商品(ネタバレを避けるため、伏せておきます。でもまさかアレが出てくるとは思わなかったぜ)に出会ってニコニコしている一方で、二鳥くんの方は声変わりやすね毛に怯えているという構図が対比的だなあと思いました。
たしか日本だとGIDのホルモン治療は18歳以上でないと受けられないんですよね。でもMtFの場合、18歳までに既に身体がかなり不可逆な男性化(骨格がごつくなるとか)を起こしてしまうことだってあると思います。いや、二鳥くんがMtFかどうかはわかりませんが、目に涙をためてまで身体の変化を拒否する二鳥くんの姿を見ていると、なんとかならんもんかと思ってしまいました。そりゃ、法律や医療制度がどうあろうと、ユキさんみたいにたくましく(そして美しく)生き抜いてくっていう道もあるんだろうけどさー。うーむ。

ユキさんと言えば、実はこの1冊であたしにとっていちばん面白かったのは、ユキさんによる巻頭の登場人物紹介だったりします。各キャラの特徴を端的に紹介しつつ、実はユキさんの過去までも少しだけ垣間見える、という趣向になっているところがいいですね。昔の自分を振り返りながらユキさん本人が「まあ、その辺の話はいずれするわね」と語っているので、いつか本当にユキさんの過去を描いた短編が読めるといいなあと心ひそかに願っています。

ちなみにユキさんは既に『ぼくは、おんなのこ』に収録されている短編「花」で主役をつとめているのですが、そちらにちらりと出てくるユキさんのお兄さんのこともこの人物紹介で少しだけ語られていて、興味深かったです。というわけで、お兄さんも登場する「ユキさん過去話」が読みたいですな、とても。