モスクワのゲイ・プライド・マーチ「スラヴィック・プライド09」で起こったことまとめ(追記1件あり)

2009年5月16日(土)、モスクワで行われたゲイ・プライド・マーチ「スラヴィック・プライド09」が、アンチゲイと警官による暴力で幕を閉じました。これは、この一件に関して調べたことの個人的なまとめです。それぞれの情報には、脚注などでできるだけソースを示すようにしてあります。

1. 「スラヴィック・プライド09」って何?

ロシアのモスクワ市におけるゲイ・プライド・マーチです。2006年の初回以来「モスクワ・プライド」という名前で行われていたものですが、今年はロシア人とベラルーシ人のアクティヴィストによる合同プロジェクトとなったため、「スラヴィック・プライド」という名前になっています*1

2. 何が起こったの?

警察がプライド参加者に暴力をふるい、数十人(20〜40人と言われています)の活動家が逮捕されました。その場に居合わせただけの人も逮捕されました。また警察は、アンチゲイの群衆がプライド参加者に暴力をふるうのを看過したと言われています。

まずは映像をどうぞ

百聞は一見にしかず、まず以下の逮捕映像をごらんください。

動画が無理な環境の方は、The Miami Heraldによる写真集をどうぞ。

日本語ニュースはこちら

日本語のニュース記事は消えやすいので、以下にCNNの記事を引用しておきます。


モスクワ(CNN) ロシアの首都モスクワ市内南西部で16日、同性愛者の権利を主張するパレードを予定していた活動家数十人が、当局に拘束された。インタファクス通信が伝えた。

拘束された中には、著名活動家のニコライ・アレクセイエフ氏やニコライ・バエフ氏が含まれていた。現場に集まっていた人々も、説明なく拘束された。

パレードはモスクワ市内で同日夜に開催された音楽コンテスト、ユーロビジョン決勝大会に合わせて同性愛者らが計画。しかし同性愛者らが集会を予定していた市内中心部の公園は治安部隊に封鎖され、各国の記者団が現場に集まった。

英国の活動家は事前に自身のウェブサイトで、ロシアの同性愛者が迫害や脅迫、ことばによる虐待、教育や住宅、雇用面での差別を受けていると指摘し、ロシアの活動家らを支持する姿勢を表明した。

ユーロビジョンは西欧の同性愛者の間で人気が高く、決勝大会の生中継を仲間同士のパーティーで視聴する同性愛者が多い。ここ数年は東欧諸国が好成績を収めるようになり、採点に各国の関係が影を落とす場面も見られる。

3. もう少し詳しい情報は?

時系列でもっとも詳しい情報を載せているのはUK Gay NewのブログMoscow Gay Pride and Eurovision Latestです。id:Ry0TAさんの邦訳が以下で読めます。

4. どうしてこんなことが?

ひとつには、ロシアはヨーロッパの中でもかなり同性愛に不寛容な国だということがあります。ロシアでは、同性愛は1993年まで「違法行為」、1999年までは「精神病」だとされていました*2。ちなみにAPA(アメリカ精神医学会)が同性愛を精神障害とみなすことをやめ、「精神障害の診断と統計の手引き」(DSM)から外したのは1970年代*3のこと。WHO(世界保健機構)が国際障害疾病分類リスト(ICD-10)から「同性愛」を削除すると決定したのは1990年*4です。
また、現モスクワ市長Yury Luzhkov氏の同性愛嫌悪も原因に挙げられるでしょう。Luzhkov氏には、かつてモスクワ市でのゲイ・プライド・マーチを「悪魔的」と形容したり*5、国際エイズ会議で「セクシュアルマイノリティによるプロパガンダはこれまでも禁じてきたし、これからも禁止し続ける。なぜなら、それはHIV感染を広げる要因のひとつになり得るからだ」と発言したり*6したというエピソードがあります。2006年のモスクワ・プライドでは120名もの参加者が警官とネオナチに流血沙汰の暴力をふるわれ、逮捕されています*7。Luzhkov市長は、この弾圧を、「『狂った放埒』にとらわれた西ヨーロッパよりも道徳的に清潔」として正当化しました*8。また今回のスラヴィック・プライド09に関しては、市長のスポークスマンが


「(ゲイ・プライド・イベントは)我々の社会の道徳基盤を破壊するのみならず、モスクワ市民およびモスクワを訪れている人々の生命と安全を脅かすような混乱を、意図的に引き起こすものである」
"(Gay pride events) not only destroy moral foundations of our society, but also purposefully provoke disturbances that will threaten the lives and safety of Moscow residents and guests,"
と発言しています。

そんなわけで今回もモスクワ市当局はスラヴィック・プライド開催に許可を出さず、「参加者は誰であれ逮捕する」と宣言していました*9。そして実際に、その通りになったわけです。

5. 今回殴られたり逮捕されたりしたのは、ゲイ男性だけなの?

いいえ。女性も暴力をふるわれ、逮捕されています。たとえば、ユーロビジョン・ソング・コンテストのためにモスクワに来ていたフィンランド人女性ふたりが、アンチゲイの人々に殴られ、蹴られた(警察はそれを止めませんでした)あげく警察に拘留されたりしています*10。またモスクワ警察は、女性のプライド参加者Ksenia Prilebskayaさんを引きずってシャツとブラジャーを破いたのち、警察のバスに放り込んでいます。*11。5月12日(火)にレズビアン同士の結婚をモスクワ市当局に申し出て却下された*12Irina Fedotova-Fetさんもスラヴィック・プライドに参加しており、ジャーナリストと話しているところを逮捕されました*13

6. 逮捕された人たちはどうなったの?

Moscow Gay Pride and Eurovision Latestによると、5月17日の現地時間12:10の時点で、警察に拘留されたすべてのアクティヴィストたちが釈放されたとのことです。

が、同ブログによると、拘留中のアクティヴィストたちは弁護士との面会もできなかったそうですし、またベラルーシ大使館は拘留されたベラルーシ人アクティヴィストたちへの支援を拒否したとのこと。あまり人道的な扱いがなされたとは言い難いのでは。

The Moscow Times.comによると、Ramenki警察に連行された英国人の活動家Peter Tatchell氏は、英国大使館の係官が警察に到着し、またTatchell氏がプレスパスを提示した後で、無罪放免となりました。彼は逮捕時のことを以下のように語っています。


「OMON警官隊は必要以上に暴力的でした」とTatchellは日曜日に語った。「私は腕を身体の後ろ側でひどくねじられ、さらに手首もねじられました……非常に激しく痛みました」
The OMON troops were "needlessly violent," Tatchell said Sunday. "I had my arm badly twisted up behind my back and they also twisted my wrist ... causing extreme pain."

また同サイトによると、マーチのオーガナイザーのリーダーであるニコライ・アレクセイエフ氏は24時間近く拘留された後、日曜日の昼頃釈放されました。彼は拘留中、他の逮捕者と引き離され、6人の係官による尋問を受けたそうです。


「彼らはありとあらゆるやり方で私を侮辱しました」と彼(訳注:アレクセイエフ氏のこと)は言い、ホモフォビックな侮辱と心理的圧迫を加えられたが肉体的暴力はふるわれなかったと付け加えた。
"They insulted me in all possible ways," he said, adding that they used homophobic insults and psychological pressure but no physical violence.
アレクセイエフ氏は、5月26日に、違法な抗議活動を組織した容疑で裁判を受けることになっているそうです。また、他の参加者たちは500〜1000ルーブルの罰金を科せられたとのこと*14

7. どうして同性愛者はわざわざこんなことまでして性的指向をアピールするの? プライド・マーチなんかしなければいいじゃない。

それは違います。Peter Tatchell氏が逮捕されるとき語ったという以下の台詞がすべてです。


「これが、ロシアの人々が自由ではないという証拠だ」
"This shows the Russian people are not free,"

自由でないからこそ、プライド・マーチをやるんです。殴られ蹴られ逮捕されるほどに貶められている存在だからこそ、こうしたアクションを通じて世に訴えかけていく必要があるんです。
「黙って隠れていれば殴られないんだから、そうしろ」という意見こそが、性的少数者に対する抑圧であり、暴力です。そうした暴力と戦うために命懸けでスラヴィック・プライドに参加したすべての人に、あたしは心から敬意を表します。

これでもまだピンと来ないとおっしゃる方は、オーストラリアのテレビ局ORFによる以下の映像をどうぞ。参加者たちの勇気と、動画の最後のピースサインをぜひご覧になってください。

8. 今後、スラヴィック・プライドはどうなるの?(2009年5月30日追記)

来年はベラルーシミンスクで、第2回スラヴィック・プライドが開催されることになっています*15。また、モスクワでも、来年5月29日に第5回モスクワ・プライドが行われる予定だそうです*16
Gays Without Bordersに、スラヴィック・プライド主催者からのしたたかで力強いメッセージが掲載されています。id:Ry0TAさんによる邦訳が以下で読めますので、ぜひどうぞ。