「いいえ、バージニアさん、でっちあげはありませんでした」(No, Virginia, there was no hoax)
コラムニストのリサ・ネフさんが、バージニア・フォックス議員による「マシュー・シェパード事件は“でっち上げ”」発言(参考:「ノースカロライナ州下院議員「マシュー・シェパード事件は“でっち上げ”」→批判され「謝罪」するも誠意無し - みやきち日記」)に痛烈な批判を加えています。これはすばらしい。ユーモアをまじえつつ、苦い怒りをあますところところなく伝える痛快な文章だと思います。ちなみに、言うまでもなくタイトルの「いいえ、バージニアさん〜」は、ニューヨーク・サン紙の有名な社説「はい、バージニアさん、サンタクロースはいます」("Yes, Virginia, there is a Santa Claus")のパロディーです。
バージニア・フォックス議員の「でっちあげ」発言を紹介した後で、ネフさんのコラムはこんな風に続いていきます。"hoax"(でっちあげ)という語についての反論はもちろん、フォックス議員の使った"unfortunate incident"(不運な出来事/小事件)という言い回しにも批判を加えていくところが目ウロコでした。
でも、いいえ、バージニアさん、シェパードの激烈な死に対して巻き起こった抗議は「でっちあげ」ではありませんでした。報道の反応も、法廷の反応も、法執行の反応も、刑罰の反応も、立法機関の反応も、そして一般大衆の反応も、ゲイのためのアジェンダを宣伝するとか、立法府議員をだまして不公平な、または不必要な法律を作らせるとかのためにアメリカ国民をかつぐような、巨大な「でっちあげ」の一部などではありませんでした。ええ、ラッセル・ヘンダスンとアーロン・マッキンニーはマシュー・シェパードに対して強盗をはたらきましたよ。けれど、彼らが受けた人生2回分の長さの懲役刑は、強盗に対して下されたものではないのです。
そして、いいえ、いいえ、いいえ、バージニアさん、あの殺人は決して「不運な出来事」("unfortunate incident")ではありませんでした。
不運な出来事と呼べるのは小さな事柄です。鍵を車に入れたままロックしてしまったとか、キッチンの流しが詰まったとか、目覚ましをセットするのを忘れたとか、犬が宿題をガジガジに噛んでしまったとか、図書館の本をなくしたとか、バスに乗り遅れたとか、履歴書を会社のプリンタに置いてきてしまったとか、TVディナーが焦げてしまったとかいうことです。
「不運な出来事」という言い回しは、10月7日に起こったことを表してはいません。また、「強盗中の殺人」をも表していません。
ヘンダスンとマッキンニーが単にマシュー・シェパード相手に強盗をはたらきたかっただけなら、ファイアサイド・ラウンジの駐車場でシェパードのお金を奪って逃げることができたでしょう。
でも、実際にはそうはなりませんでした。
実際には、ヘンダスンとマッキンニーはバーでシェパードに狙いをつけ、トラックに誘い込み、そこで30ドル奪った後、357マグナム拳銃で何度も殴りつけました。
殴打は彼らがララミーの外れまで車を走らせる間じゅう続きました。トラックが止まりました。ヘンダスンは丸太でできたフェンスにシェパードを縛り付け、マッキンニーは銃を振り下ろし続けて、シェパードを何度も何度も殴りました。少なくとも18回は殴りました。
襲撃者たちはシェパードをフェンスに縛り付けたまま放置し、18時間後に偶然通りかかったサイクリストがシェパードを発見しました。シェパードは10月12日に、コロラドの病院で亡くなりました。
ヘンダスンとマッキンニーはシェパードに強盗をはたらきました。つまり、お金や財布や靴を奪いました。でも、あの夜には強盗以上のことが、強盗中の殺人以上のことが、不運な出来事以上のことが起こったのです。
「不運な出来事」は、ゲイだからという理由で相手を犯行の標的に選んだと認めている2人の男を表してはいません。
「不運な出来事」は、人をフェンスに縛り付けて逃げられないように、そして反撃できないようにして、重くて頑丈な拳銃で18回も殴る男のことを表してはいません。憎悪殺人こそがふさわしい言葉です。
恥ずかしい話ですが、あたし、「ノースカロライナ州下院議員「マシュー・シェパード事件は“でっち上げ”」→批判され「謝罪」するも誠意無し - みやきち日記」を書いたとき、そこまでのニュアンスの違いがわからなくて"unfortunate incident"を単純に「不幸な事件」と訳しちゃってたんですよ*1。辞書に「事件」って訳語があるからって、何も考えもせず。でも、たとえばランダムハウスの英和を見てみると、ちゃんとこんな解説があったりするんでした。(赤字強調は引用者によります)
【event】類語
- event
- (ある事の結果またはその関連で起こる)比較的重大な出来事
- accident
- 好ましくない偶発的な出来事
- a railway accident 鉄道事故
- incident
- 通例、付随的に起きる小事件
- an amusing incident in a play 芝居の中の面白い事件
- occcurrence
- (他の出来事とかかわりなく)単独に起きる普通の出来事
- His arrival was an unexpected occurrence 彼の出現は予期せぬ出来事だった
- episode
- 一連の出来事の中から、個別に取り上げられた出来事
- an eposode in one's life 人生の一挿話
人を拉致してわざわざ郊外まで連れて行き、フェンスにくくりつけて357マグナムで18回も殴りつけるのは、「付随的に起きる小事件」ではありませんよね。あと、ヘイトによって起こったことを「不運な」("unfortunate")と運のせいにするあたりもやっぱり変。こんなところにも事件を矮小化するニュアンスはあったというわけで、原文を読んだときそのへんのことにまったく気づかなかった自分の節穴っぷりをいたく反省いたしました。
まとめ
単語・語句など
単語・語句 | 意味 |
---|---|
outcry | 悲鳴、世間の激しい抗議 |
press | 記者団、報道関係者、報道機関、マスコミ、補導人 |
penal | 刑罰の、刑法の |
grassroots | 一般人、民衆、大衆 |
agenda | するべきこと、行動指針 |
lawmaker | 立法府の議員 |
massive | 大きくて重い、どっしりした、大規模な、すごい、かなりの |
hefty | 重い、大きくて頑丈な、ずっしりした |
*1:現在は修正済みです。