映画『ブロークバック・マウンテン』感想(ネタバレなし)

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主題は「愛」でも「同性愛」でもなく、「憎しみ」

「同性愛についての映画だ」とか「いや、愛についての映画だ」とかいう論議がかまびすしい作品ですが、あたしはこれは憎しみについての映画だと思いました。

  • 憎しみの中で愛を貫き通すことは難しい。
  • 貫き通そうとすると、結局は新たな憎しみと悲劇を周囲に振りまいてしまう。
  • 大元の憎しみを絶たない限り、悲劇はいつまでも続く。

というのがこの作品の主題だと思います。そして、この映画が訴えていることは、人種偏見や女性蔑視や民族差別や、その他のありとあらゆる憎しみについてあてはまることだと感じました。この作品における「憎しみ」とは同性愛嫌悪なわけだけど、それはテーマじゃなくてモチーフに過ぎず、「同性愛をテーマにしたスキャンダラスな作品!」と大騒ぎするのはきわめて皮相な見方だと思いました。

主役ふたりの描き方

主役のカウボーイふたりは、ひとことで言うと両方ともアホです。性格だって決して非の打ち所がないわけではない。イニスは残酷で身勝手で非社交的だし、ジャックは夢見がちで場当たり的だし、おまけにふたりともリスク意識が薄いです。わかりやすく言えば、やりたい一心でバレバレの行動をとる大馬鹿者。しかもアメリカ南部なんていう、最もゲイ・フレンドリーでない土地にしがみついているアホ。あたしは特にイニスにまったく共感できなくて最後までイライラしながら見ました。けれど、結局はそのような描写をすることがこの映画にとっては必要だったんだろうと思います。

同性愛者をやたら美化して「何も落ち度はないのになぜこのような悲惨な目に!」と描くのは、「何か落ち度のある同性愛者なら迫害してもよい」というホモフォビックなメッセージの強化に過ぎません。でもこの映画はそこに陥っていない。二人が上手に立ち回れずに悲劇を迎えることにしても、そこから一歩踏み込んで「なぜ、彼らがそのように立ち回ら『なければならない』のか?」と考えさせるのが創り手側の狙いなんだと思います。そのへんはうまいなあと思いました。

当事者視点の感想

重くてしんどい……

『ウーマンラブウーマン』の第一話と同じくらい重くてしんどい話ですね。しかも『ウーマン(略)』には明るく前向きな第三話という救済がついてるけど、『ブロークバック・マウンテン』にはそれがない。ひたすら重くてつらいだけ。美しい風景でラッピングされていなかったら、「こんなにつらいもん見せるな!」と叫んで映画館を飛び出してしまいそうにきっつい映画でした。

いや、ラッピングされていてさえかなり苦しいなあ。イニスの「町の中で誰かにじっと見られてる気がする」「秘密を知られているんじゃないかと疑ってしまう」って台詞、これは21世紀日本に住む能天気なレズビアンのあたしだって同じだよ。レズバレしてるんじゃないかという恐怖、これはやっぱりものすごい。

個人的な話になるんだけど、あたしは塾講師だから、毎年数百人もの塾生たちに面割れしてるわけですよ。三者面談なんてのも担当するから、保護者にもしっかり面割れしてます。そんなあたしが恋人と買い物したり映画を見に行ったりしてれば当然「いつも一緒にいるあの女の人は誰?」「いったいどんな関係なの?」ってことになるわけで、もうね、二人で歩いてるところを上から下まで穴の開くようにじろじろ見られたりすんのよ。田舎のおっちゃんおばちゃんというのは容赦ないからね。そのへんがオーバーラップしてしまって、見ていてすごく苦しい映画でした。

ノンケさんはどうしてそこまで「もののはずみ」だってことにしたいのか

いろんなあらすじ紹介や感想で、イニスとジャックの最初のセックスは「もののはずみ」だとか「山で二人きりでさびしかったから」だとかいう論調のを見かけたけど、実際に作品を見てみて、「あんたらバカ?」と心の底から思いました。ジャックが最初っから相手のことを熱心に品定めしてたじゃんかよ! 口説く気まんまんだっつーのよ!

もうね、そうやって必死で偶然性を強調して、「これは例外的なもの」ってことにしたがるノンケさんたちにはうんざり。あんたらだよ。あんたらみたいな人が、世界中のジャックやイニスを追い詰めてるんだよ。あーやだやだ。

まとめ

冒頭で書いたように、これは愛についての映画ではなく、憎しみについての映画です。で、画面は美しいけれどもものすごくしんどい映画です。こんなきっつい映画を見てさえ「禁断」とか「背徳」とか言って興奮してはしゃいで終わりっていうバカノンケが多い現状の中、少しでもこれがきっかけになって、多様性を認めない社会は悲劇を連鎖させるだけだと気づく人が増えてくれると嬉しいです。