「ヘボい百合=『イメクラ看護士のナースキャップ』」説というのを唱えてみる

海外の百合好きさんが集う画像アップロード掲示板というのを見てみたら、各々が英語で熱く"yuri"について語っていて面白かったです。中でも感心したのは、「二人の視線がカメラ目線になってる絵は、二人を見てる野郎の目線を意識してるってことだから"yuri"じゃない。下手すると男乱入で3Pコースのヘテロ物だからダメだ」って意見。これは奇しくも2chのレズゲースレッドの諸兄たちと同じ見解ですし、あたし自身も同意見なんです。こういうのって、洋の東西を問わないんですね。
ダメな百合絵って、いちゃいちゃしているはずの女の子たちが「妙に焦点の合ってない目であさっての方向をボーッと見ている」とか「二人して不自然なカメラ目線になっている」って構図のが多いんですよね。そんな構図からは「別にこの相手に惚れてるわけじゃありませーん」「傍観者のために絡んで見せてまーす」って空気がむんむんしてるってことに、どうして描き手さんは気づかないんでしょうね? そんなもんで百合とかレズとか主張されてもなあ。
自分が恋に落ちたときのことを考えてみればいいんだよね。愛しい人と抱き合いながらボケーッとあらぬ方を見てたり、横にいる第三者に一生懸命媚を売ったりするのって、どう見ても変でしょ。もし自分の恋人がそんな風だったら、「この人私の/俺のことなんか好きじゃないんじゃないか」って思うでしょ。それと同じことなんだけどなあ。
結局そういう萎え萎えの百合絵を描く人というのは、「はいはい、女の子同士が『それらしく』絡んでればいいんでしょ」としか思ってないんだろうなー。たいした情熱も無しで安易にでっちあげた「それらしさ」なんて、へぼいイメクラの服装と同じぐらい萎え萎えだと思うんですけどね。
なんでここでイメクラをたとえに出したかというと、イメクラの看護士はいまだにナースキャップを被ってるからです。今時の病院では、あんなもの「不潔」「動きづらい」「機能的に何の意味もない」って理由からバンバン廃止されてるのに、「ナースキャップがあった方が『それらしく』見えるから」という理由だけで必ず頭にナースキャップ。そんなんで「看護士プレイでござい」ったってねー、事情を知ってる人から見ると、全然「それらしくない」んだよね。というわけでここに「ヘボい百合=『イメクラ看護士のナースキャップ』説」というのをなんとなく唱えてみたりするのでした。

まとめ

  • 目線に愛がない百合絵はヘボい。
  • 不勉強な人が適当に考えた「それらしい」図はかえってしらける。