『羽衣ミシン』(小玉ユキ、小学館)感想

羽衣ミシン (フラワーコミックス)羽衣ミシン (フラワーコミックス)
小玉 ユキ

小学館 2007-08-24
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優しくて新しい、「鶴の恩返し&羽衣伝説リミックス」

すんごく良かった! あああああ。もう駄目。悩殺。いや「悩殺」なんて世俗的な言葉じゃ言い表せない。たまらん。けなげ。かわいい。哀しいけどこれでよかったんだよなー。

……とひとりで悶絶していても始まらないので話を進めましょう。『羽衣ミシン』は、主人公「陽一」がある日助けた白鳥が人間の女の子「美羽」になって恩返しに来るという、現代版「鶴の恩返し」。さらに、タイトル通りに羽衣伝説の要素も含まれています。百合物*1が入っている短編集『光の海』レビュー)が超絶素晴らしかったので引き続き読んでみた*2小玉ユキ作品なのですが、これがまた良くて良くて。民話や伝承を素材としつつ、その焼き直しなんかにはまったくとどまらない、新しくて優しい(そして切ない)お話でした。

1.「羽衣ミシン」の新しさ - 人間性の肯定

古くから伝わる「羽衣伝説」や「鶴の恩返し」には、「人間(不純なもの)⇔自然・天人(純粋なもの)」という対立構造があると思います。けれど、『羽衣ミシン』は、それとはまったく違った、「人間もそう捨てたものじゃない」というあたたかなテーマを持っています。読んでいて、「こんな昔からあるモチーフを用いて、ここまで新しくも優しいお話が創れるのか!」と魂が震える思いでした。

1-a. 誰も羽衣を隠さない

マフラーやスカーフや美羽の羽衣に注目。『羽衣ミシン』では、だれも愛しい人の「羽衣」(または、羽衣的なもの)を隠そうとしません。また、「与ひょう」に相当するキャラクタの陽一は金の亡者にはならず、最後まで美羽を裏切りません。運ずと惣どにあたる人物も存在しません。「人間もそう捨てたものじゃない」と思わせてくれる、静かで優しい世界なんです。
それで物語は成り立つのか? 成り立つどころか、オープニングからエンディングまで、震えがきそうなほどの切なさとテンションがありますよ。ネタバレを避けるためくわしくは言及しませんが、ポイントは小玉ユキさんの設定のうまさにあると思います。わざわざ人間を悪役にしなくたって、こんなにも切なく美しいドラマを紡ぎあげることは可能なんですね。

1-b. 「好きな人がうれしいとうれしい」

羽衣も隠されず、「与ひょう」がお金を欲しがりもしないのに、なぜ美羽は人間界でミシンを使い続けるのか。それは、陽一が好きで、「好きな人がうれしいとうれしい」からです。それだけなら「夕鶴」のおつうと変わらない*3のですが、『羽衣ミシン』が新しいのは、その「好きな人がうれしいとうれしい」というシンプルな考え方が周りの人にまで広がっていくところ。そこから、「ものを創ることは、単純な恩返しや金もうけのためではなく、好きな人に『あなたがいてくれてうれしい』と伝えるためにある。それは実は、不純だと思われがちな人間にとっても同じことなんだ」というあたたかなテーマが伝わってきます。

まとめると、これは民話や伝説の形を借りた「人間性の肯定の物語」なんですね。そこがとても斬新で、面白かったです。

2. キャラクタの魅力

テーマだけでなく、キャラクタもおそろしく魅力的。

2-a. 美羽

まず美羽。この子がすごくいいんだ!
美羽のけなげさは、動物のけなげさです。彼女は終始まっすぐでひたむきで疑うことを知らず、一目散に大好きな人になついていて、かわいいったらありゃしません。美羽を見ていると、好きな人に夢中で飛びつく子犬や、飼い主に甘えきっている子猫を見ているときのような気持ちになります。彼女が見せる涙に、陽一が内心、

こんなにも きれいな涙を見せられて 俺はどうしたらいいんだろう
と考えるシーン(p63)がありますが、ここで陽一と同じことを思った人はあたしだけじゃないはず。白い紙に黒いインク(墨汁かもしれませんが)で描かれただけの涙がどうしてこんなにきれいなんだー! と内心叫びつつ、自分まで泣けて*4きそうになりました。

そして、そんな美羽を人間離れした純粋さ<だけ>が売りのキャラクタにはしないのがこの作品の面白いところ。唐突に食パンをはむはむするとか、猫を相手に威嚇して負けて涙ぐむとか、「つがいに割り込」まれて激怒したりする等々、美羽には白鳥ならではの珍妙な(人間の目から見れば、ですが)行動がてんこもりです。ある意味『のだめカンタービレ』ののだめを思わせるほどの動物っぷりですが、あちらは人間、こちらは正真正銘の動物。この勝負、美羽の勝ちです。

2-b. 陽一

次に、男性主人公の陽一。彼は工学部に通う「橋バカ」の学生なんですが、素朴で不器用であったかくて、登場の瞬間から「ああこれは与ひょうだ」と思いました。巻末に収録されている番外編「かえりみち」での、

おっきくてねーあったかくてねー ふわっふわのほっかほかで すごーくすごーくやさしいんだって
という形容そのままの男で、しかもこの与ひょうはおつうを裏切らないんですよ。そりゃ、白鳥も惚れるわ。

2-c. 沓澤

サブキャラクタの、目つきの悪い「ニット王子」こと沓澤もよかったです。こういうちょっと癖のあるキャラクタがしっかり配置されているおかげで、お話全体がよく引き締まったものになっていると思います。なお彼は、巻末に収録されている番外編「かえりみち」と本編とをつなぐ、とても重要な役割もはたしています。

3. エンディングについて

モチーフがモチーフなだけに、ただ甘いだけの能天気なエンディングにはなりません。でも、番外編「かえりみち」を含めて、これでよかったんだと思わせてくれる見事な結末のつけ方だったとだけ、ここでは述べておきます。

4. その他

『光の海』でもそうだったんですが、とにかく小玉ユキさんの画力が素晴らしいです。はためく羽衣の描き方(あのゆったりした空間の使い方!)に見とれたり、美羽の涙に見とれたり、陽一の無骨な顔に浮かぶ表情に見とれたりと、読んでいてそれはそれは忙しかったです。

まとめ

古いモチーフを鮮やかに換骨奪胎してみせた、切なくもあったかい「鶴の恩返し&羽衣伝説リミックス」でした。キャラクタや卓越した画力も本当に魅力的で、読んでよかったです。『光の海』のあのイルカたちに魅了された方、こちらも必見ですよ!

*1:短編「波の上の月」のこと。

*2:ちなみに『羽衣ミシン』は百合物ではありません。念のため。

*3:戯曲をよく見ると、おつうだけお金のことを『おかね』とひらがなで言ってるんですね。これは、おつうがお金とは何たるかを根本から理解しておらず、ただ与ひょうを喜ばせたくて機を織っていたことを示していると思います。

*4:ここでいう「泣ける」は可能ではなく自発。