『インディアン・キラー』(シャーマン・アレクシー、金原瑞人訳、東京創元社)感想

インディアン・キラー (海外文学セレクション)インディアン・キラー (海外文学セレクション)
Sheman Alexie 金原 瑞人

東京創元社 1999-01
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すげえ。
面白い。
すげえ。
「白人男性を狙うインディアン*1の連続殺人鬼」を描いたお話なのですが、ただのサスペンスでもミステリーでもありません。つまんない薄っぺらな「マイノリティ差別はんたーい☆」って本でもありません。この深い怒りと悲しみと絶望とひりひりするような諦観は、とにかくすげえ。ストーリーをくどくど紹介するより、自身がインディアンである作者シャーマン・アレクシーの言葉を解説(p435)から引用した方が早いでしょう。

「私は保守派よりもリベラルがインディアンの文化と人々により多大なダメージを与えていると思う。保守派は我々のことが好きではないし、見下ろしてもいる。だから我々とは交わらない。彼らは経済的に我々を痛めつけるが、インディアンになろうとするようなことはありえない。リベラルは徐々に同化し、文化に入り込み、奪うことによって我々を消し去る。我々はそんな風に消えてしまうんだ」
これ、すごくわかる気がします。実際、『インディアン・キラー』には、「自らインディアンになりたいと熱望しつつ(または、自分もインディアンだと思い込みつつ)、結局は都合よく理想化されたインディアン文化にしか興味がない無邪気な白人リベラル」というキャラクタが複数登場するのですが、アレクシーが彼らをどう描いているか、そこがこの作品の最大の見どころだとあたしは思いました。
アレクシーが他のインディアン作家についてこのように語っている(p435)のもたいへん興味深いです。

「たくさんのインディアンの作家が、(その生活について)方位やら大地の恵みやらワシの羽根のようなナンセンスを描いている。我々はそんな生活をしてはいない。保留地で我々が直面しているのは、ウラニウムの汚染、アルコール中毒、自殺なんだ。我々は他の人々と同様に、仕事や食べること、政治腐敗に悩んでいるんだ。他にやることもなく、水晶球をこすっているひまなんかないんだ」
これはねー、普段、ともすると「同性同士の愛は、障害を乗りこえている分だけ純粋で崇高」とか「同性愛者は規範より愛に生きていてカッコイイ」とかいうナンセンスな描かれ方をされてしまう同性愛者の端くれとしては、身につまされますよ。ワナビー異性愛者だけならともかく、下手すると同性愛者自らがそんなことを言ったり書いたりして自己陶酔してるんだもんなー。そんなの、現実からずれまくってるっつーのよ。
……と、後半やや話がそれましたが、とにかくいいですよこの『インディアン・キラー』。「巻置くあたわず」というのはこういう本のことを言うのだと思います。というわけで、めちゃくちゃお勧めです。

*1:解説によると、アレクシーは「ネイティヴ・アメリカンというのは、白人リベラルが作った表現であるとして、インディアンという言葉を使う」のだそうです。そこもなかなか興味深いところ。