バーナデット・ピーターズのブロードウェイ版とは完全に別物―映画『イントゥ・ザ・ウッズ』感想

映画『イントゥ・ザ・ウッズ』を見てきました。感想をひとことでまとめると「がんばってはいるが、バーナデット・ピーターズ主演のブロードウェイ版の足下にも及ばない」でした。あの映画だけを観て『イントゥ・ザ・ウッズ』を嫌いにならないでください、お願い。本当はあんなんじゃないのよ! もっと面白いのよ!

ブロードウェイ版と映画版の最大の違いは、コメディー要素の量と質。前者にはドリフや吉本新喜劇みたいな観客一体型の笑いがみっちり詰まっているのに、後者にはそこまで笑いどころがなかったと思うんですよ。舞台と映画という枠組みの違いももちろんあるんですが、それより何より、(1)メリル・ストリープが完全にミスキャストだったこと、(2)舞台版の毒を抜いてヘタレな描写にしてしまったことがいけなかったのではないかと。

バーナデット・ピーターズの魔女は、変身前と変身後のギャップがそれはそれはすごいんですよ。魔法が解けると本っっ当に若く美しい姿になるので、そこで「じゃじゃーん!」と「若く美しい魔女ポーズ」を決めてみせるギャグとか、彼女が母親だとわからないラプンツェルの前で手の指をかぎ爪状にした「いかにも魔女ポーズ」をとってようやく気づいてもらうという非言語のギャグが効きまくっています。変身前だって、姿こそ恐ろしい(メリル版よりよっぽど醜いメイクです)ものの終始声がかわいく、しぐさやしゃべり方の独特の抑揚もお茶目で、単なる怖い魔女じゃないんです。客いじりだってうまい、面白おかしいキュートな魔女なんです。

ところがメリル・ストリープの魔女は、最初から最後まで徹頭徹尾「怖くて不気味な魔女」のまま。歌や口調の愛らしさもないし、コミカルさもない。変身後の姿だって、あれじゃ101わんちゃんのクルエラ・デビルで、全然若くなってないよ!! だから当然、かぎ爪魔女ポーズのギャグもない(入れられない)し、舞台版にはある「若く美しくなったら魔法が使えなくなった」とわかる場面の滑稽さも、映画版にはありません。大事なポイントである「若くて美しい魔女ポーズ」もメリルはやってないし、そもそもやれない。つまりは見どころや笑いどころに欠けるんです、あの魔女。

ミュージカルならブロードウェイにいくらでも若い才能があるだろうに、映画となると「映画しか観ない人でも知ってる名前」優先でキャスティングされちゃうのかなあ。余談ですけど、映画館で見終わったとき、ティーンエイジャーの女の子たちが「ジョニー・デップ、あれだけしか出て来なかったね」「ねー」と残念がっていて気の毒でした。本来なら狼はもっとマッチョでセクシーな役で、シンデレラの王子様と同じ人が演じるから、もっと先の方まで出てくるのよ。ジョニー・デップにマッチョ王子は無理だったのかもしれないけど、何にせよこれも「ジョニー・デップ」という名前が欲しいがためのキャスティングだったんだろうなと。

次、毒の薄さについて。映画版では下ネタや残酷なネタがずいぶん削られて、おっそろしくマイルドになってしまってました。たとえば冒頭のラップ調の"Greens, greens..."のところ、あそこでパン屋の家系に子供ができない理由を魔女が説明する場面では、本来ならパン屋の股間が魔法の一撃をくらうギャグシーン(ドリフ的な)が入るんです。でも、映画版だとそれはなし。パン屋のおかみが森で王子と寝たことだって、映画版だとずいぶん曖昧にぼかされてしまってます。さらに、シンデレラの姉がつま先やかかとを切り落とすシーン、映画版のあの腰抜け描写っぷりは何よ! 見ていて本当にがっかりしました。舞台だともっともっとブラックなギャグが入るんですよ、あそこ。

まとめると、映画版『イントゥ・ザ・ウッズ』はブロードウェイ版に比べ、トリックスターたる魔女の愛らしさ・コミカルさも、下ネタやブラックジョークによる笑いも大幅に減らしたものになってしまっているわけ。どっちもものすごく大切な要素なので、映画版の方を先にご覧になった方の目には「何が何やらわからない話」と映ってしまったのではないかと思います。違うの、あんな話じゃないの。本当はもっともっと爆笑ものの展開なの。

逆に映画版のよかったところはと言うと、アナ・ケンドリック(シンデレラ)とリラ・クロフォード(赤ずきん)の歌唱力、トレイシー・ウルマン演じる赤ずきんのおばあちゃんの迫力、ふたりの王子がデュエットする"Agony"の場面のアホアホ演出、お城の階段で『マトリックス』のように時間を止めて" On The Steps of the Palace"を歌わせるという工夫など。こういうところだけを見るなら、むしろ好きな映画と言っていいかも。でもやっぱりブロードウェイ版とは別物だと思います。『イントゥ・ザ・ウッズ』を嫌いになるなら、せめて1991年のバーナデット・ピーターズの方を見てからにして、お願い。

(※1991年のバーナデット・ピーターズ版はこちら。↓)

INTO THE WOODS: STEPHEN SONDHEIM

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