『孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生』(前野ウルド浩太郎、東海大学出版会)感想

孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学)
前野 ウルド浩太郎

東海大学出版会 2012-11
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最近うちの猫が病気しましてね。と、バッタの本の話なのにいきなり哺乳類の話から入りますが、ちゃんとつながってるんで安心してください。ともかく、猫が2匹立て続けにけっこう危険な状態に陥ったので、飼い主の側も生活パターンががらりと変わってしまいました。厳重な24時間猫監視体制により、夕食すら「猫を膝に乗せたまま片手で食べられるもの」限定となって、以下のような華麗なディナーが続いているぐらいです。

  • さきおとといの夕食:コンビニのおにぎりとフライドチキン
  • おとといの夕食:コンビニのおにぎりとからあげ棒
  • きのうの夕食:コンビニのおにぎりとメンチカツ

「コンビニのあげものはあなどれない」、「おにぎりは某7のつくコンビニのがおいしい」など貴重な学びが得られる日々ですが、これだけドタバタした生活だと、おもしろいほど気持ちに余裕がなくなってきます。具体的に何がどうなるか。フィクションが頭に入らなくなるんです。

本を読む時間がとれないわけじゃない。読みかけの小説を開けば、文字は追えるし意味はわかる。でも、楽しめないんです。どうやら自分の場合、現実がジェットコースター状態すぎると、フィクションに共感したり没入したりする能力が極端に低下するみたいです。脳みそのリソースがそっちにまで回せなくなるのでしょう。

しかし、だからと言って病気の猫の横でただじっと24時間過ごすというのでは、どうにも手と心の置き場がありません。そうだ、フィクションがダメならノンフィクションを読もう。それもとびっきりおもしろいやつ。余計なことをぐるぐる考える暇もないぐらい、夢中になってページをめくり続けてしまうようなやつ。

……というわけでAmazonで急遽購入したのが、以前から気になっていた『孤独なバッタが群れるとき―サバクトビバッタの相変異と大発生』だったのでした。期待を越えて余りある、とんでもなく魅力的な本でした。一般向けとは言えど科学書で、これだけ愛と情熱と笑いあふれる本が読めるとは。著者であるバッタ博士こと前野ウルド浩太郎氏のパトスほとばしる文章の楽しさは、氏のブログプレジデントオンラインでの連載を見れば一目瞭然ですが、この本はそれがまるまる300ページ以上ぎっしりつまってるんですからね。なんという贅沢。

サバクトビバッタは、主にアフリカからアジアにかけて生息しているバッタです。ひとたび大発生すると「黒い悪魔」と化して作物を食べ尽くしながら集団大移動することで有名。単独生活だと緑色の「孤独相」としておとなしく草をはんでいるバッタが、大移動の時には黒くてタフな「群生相」と化して(これを相変異と言います)人類をおびやかすんです。いったいどんなメカニズムでこの相変異が起こるのか。どうすれば食い止められるのか。そもそもウルドって何。それらの謎に時に知的に、時に捨て身のギャグをかましながら迫っていくのがこの1冊。読み終わったときにはあなたにもすっかりバッタへの愛が伝染し、はるかなモーリタニアの地でサバクトビバッタを見て触って愛でたくなることでありましょう。

そうなんだよ。この本の何が爽快って、「にっくき害虫を科学の力でやっつけましょう」みたいな勧善懲悪の匂いがまったくなく、徹頭徹尾「愛しいバッタの暴走を食い止めたい!」という熱い想いがみなぎっていること。きみは、人間につままれたサバクトビバッタが「アイーン」のポーズで口をぬぐい、口についた体液を人間の手に塗りたくってくることを知っているか。この行動は写真付きで解説されており(p. 36)、一種の防御行動なんだそうですが、好きじゃなきゃ思いつきませんよ「アイーン」なんて表現。さらに、博士がバッタとふれあいすぎてその体液でアレルギー反応を起こすようになったことを「バッタ研究者の証」と喜び、わざわざ自らの腕に「M」とイニシャルを書いてかぶれさせてみる(p. 72)くだりに至っては、もはや虫愛づる姫君ならぬバッタ愛づる博士と敬服してお呼びするほかないんじゃないかと。

だいたい博士の生涯の夢が、「バッタの群れに緑色の衣装を身にまとって突撃し、バッタに食べられる」(p. 306)ことですからね。どこの緑色のナウシカだ。でも、ステキだ。きっといつの日か、この緑の衣の人こそが「砂漠へお帰り。この先はおまえの世界じゃないの」と相変異を食い止め、バッタたちがこれ以上人に憎まれずに済む方法を見つけ出してくれるにちがいありません。

肝心の研究の部分も、手に汗握るおもしろさでした。古代には「神の罰」と恐れられた群生相が、実はふだんそのへんにいるバッタの別の姿だとつきとめたウバロフ卿のお話。「群生相はメスが卵にふりかける泡にふくまれるフェロモンによって起こる」という、一見「へー」と信じてしまいそうな定説「泡説」の紹介。13年間君臨していた泡説に疑問を持ち、実験につぐ実験で新たな発見をしていくバッタ博士チームの手腕。これらがすべて、軽妙な文章と適確なイラスト・写真・グラフ等との組み合わせで、門外漢にも飲み込みやすく書かれているんです。あまりにもわかりやすく、かつエキサイティングなので、「これ、昆虫好きの小学生とかにもぜひ読ませたいなあ」とか思いました。「こんな大人向けの本を?」と言うなかれ、あいつらは本当に興味を持ったもの、おもしろいものならどんなに難しい漢字があっても食いついて読みますからね。これを読んだ子の中から、きっと次世代の凄腕研究者が出てくるんじゃないかなあ。

そんなわけで超のつく快作にして怪作だったので、たいへん満足しています。我ながらいい本を選んだものです。右手で猫を撫でつつ左手でページをめくって、しばし読み返そうと思ってます。