「映画から同性愛者への中傷をなくそう」ソニー・ピクチャーズ共同会長が提唱(追記あり)

ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントのエイミー・パスカル共同会長が、テレビや映画から同性愛者のネガティブなステレオタイプや、同性愛者への中傷をなくそうと呼びかけるスピーチをしました。

詳細は以下。

このスピーチは、2013年3月21日、ロサンゼルスのゲイ&レズビアンセンターで、ホームレスのLGBTユースのための募金を集めるイベント時におこなわれたもの。
ちょっと訳してみます。


「『ブロークバックマウンテン』、『ミルク』、『ボーイズ・ドント・クライ』、『フィラデルフィア』、『めぐりあう時間たち』、『ゴッド・アンド・モンスター』、『リプリー』、『シングルマン』、『マイ・プライベート・アイダホ』、『クラウド アトラス』 ― これらの映画全部で、メインキャラクターは殺されたり、迫害されたり、不幸な死に方をしたりしています。そして、これよりはるかに悪質で危険なイメージが、同性愛者の子どもやその親の前につきつけられています。それはつまり、レズビアンの殺人犯や、精神病のトランスヴェスタイトや、侮辱されたり時に船や岩棚から放り投げられたりするオネエなどです。ばかばかしいったらありゃしません、まだこんなことが起こっているなんて」
“Brokeback Mountain, Milk, Boys Don’t Cry, Philadelphia, The Hours, Gods and Monsters, The Talented Mr. Ripley, A Single Man, My Own Private Idaho, Cloud Atlas – in all these movies, the main character is murdered or martyred or commits suicide or just dies unhappily. And there are far more pernicious and dangerous images that confront gay kids and their parents: the lesbian murderer, the psychotic transvestite, the queen who is humiliated and sometimes tossed off a ship or a ledge. It’s a big joke. It still happens.”
どうしてここで子どもやその親の話が出てくるのかというと、同性愛者の若者のうち50パーセントが、性的指向のせいで親から拒絶されているという報告があるから。そのため、同性愛者の子どもは、異性愛者の子どもより家出率が高いんです。親から家を追い出されてホームレスになってしまう子もいます。映画やテレビで何度も再演される不幸な同性愛者像は、ゲイ/レズビアンの子どもたちの自尊心をグサグサ傷つけるばかりか、その親にまで同性愛に対する否定的イメージを刷り込むという意味でとても危険なんです。別にキャラが死んだり迫害されたりしなくても、ゲイの子どもが自分の将来像は「きれいな女の子の親友役」か「なよなよした美容師」か「ドラァグクイーン」しかないと思ってしまうような描写ばかりなのはよくないし、もうそういうのはやめようとパスカル氏は主張しています。

ただし、すべての映画がネガティブなわけではないとパスカル氏は述べていきます。


「もちろん、『キッズ・オールライト』の家族のような、すばらしいイメージもあります。『ザ・パークス・オブ・ビーイング・ア・ウォールフラワー』の少年や、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』の中年男性、そして『人生はビギナーズ』の75歳の男性は、カミングアウトのおかげでより良く、より豊かで、充実した人生を手に入れます。祝福すべきこととして表現されているわけです。
それから、『パラノーマン ブライス・ホローの謎』を創ったクリス・バトラーとサム・フェルは本当に評価されねばなりません。彼らはアニメーション映画で初めてゲイのキャラクターを登場させたのです。そのキャラクターはフットボールをやっているマッチョタイプで、ゲイであることは全然プロットの主題ではありません」
“Of course, there are great images, too, like the family in The Kids Are All Right. The way the boy in Perks of Being a Wallflower and the middle-aged man in Hotel Marigold and the 75-year-old man in Beginners come out to a better, richer, more fulfilled life. It’s treated as a celebration.
And real credit has to be given to the filmmakers of ParaNorman, Chris Butler and Sam Fell, who had the first gay character in an animated movie, and he was the football hunk and it was totally incidental to the plot.”
ちなみに『パラノーマン ブライス・ホローの謎』は、こんな作品です。これは、幽霊やゾンビと話せる男の子「ノーマン」が街を100年前の呪いから救うというホラー・コメディ。どの子がゲイキャラかわかります?

別にゲイキャラに「ゲイであるがゆえの悲劇」をいちいち背負い込ませなくたって、物語はつくれるんです。そういうものこそ増えてほしいと、あたしゃ思いますね。
パスカル氏のスピーチのしめくくりは、こう。

「今こそわたしたちが一歩踏み出すときです。同性愛者のキャラクターがすべて性的指向によって特徴づけられる必要はありません。同性愛者であることが、その人の人生という織物のたったひとつの針目であってはいけないのですか? 弁護士や軍人や企業の重鎮や科学者やエンジニアなどで、たまたま同性愛者でもあるという男性や女性を描くことはできないのですか?...
わたしたちには、人々が声を上げることを励ますような雰囲気をつくる必要があるのですから、ちゃんとしましょうよ。
次にわたしたちが脚本を読んでいるときに、オカマ(fag)とかオカマ野郎(faggot)とかホモ(homo)とかクソレズ(dyke)などという単語をみつけたら、鉛筆を取り出して線を引いて消してしまうというのはどうでしょう。
この業界はもっと高い水準を達成できますし、きっとそうなります。そうしなければならないんです。ノースダコタの子どもや親たちのことを考えれば、映画のつくり方は従来とは少し違ってくるはずです。」
“Now it’s time for all of us to take that step. Not every gay character needs to be defined by his or her sexuality. Can’t being gay just be one stitch in the fabric of someone’s life? Can’t we depict men and women who just so happen to be gay – perhaps a lawyer or soldier or business executive or scientist or engineer…
We need to create an atmosphere that encourages people to speak up, so we get this right.
How about next time, when any of us are reading a script and it says words like fag, or faggot – homo – dyke – take a pencil and just cross it out. Just don’t do it.
We can do better and we will do better. We have to. If we just think about that kid in North Dakota, or their parents, we might just do it a little differently.”
スピーチ全文は、こちらで読めます。

2013年3月26日追記

スピーチの、「鉛筆を出して線を引いて消す」くだりについてちょっと補足。解釈に迷って結局訳には出さなかったんですけど、「消してしまうというのはどうでしょう」と言った直後に"Just don't do it."と言ってるんですね、パスカル氏は。この部分、「いやこれは冗談ですけど」ともとれるし、「こんな単語を脚本に入れてはいけない」ともとれそうなので、どっちにするべきかよくわかんなかったんです。ただしこのニュースを報じる海外メディアには「Sony Pictures Co-Chair Amy Pascal: Let's Get Rid of 'Fag, Faggot, Homo, Dyke' in Movies」てな見出しもあったりするので、100パーセント冗談というわけでもないっぽいですよね、これ。

いち同性愛者としてあたしがどう思っているかというと、かならずしも映画人が脚本からこれらの語を消す必要はないと思います。映画の中に「あいつレズ(dyke)なんだぜー」「げー気持ちわりー」というセリフがあっても別にいい。ただしこれには、「映画内のストーリーやキャラクターに、それらのセリフを打ち消す役目をきちんと振ってくれれば」という条件がつきます。同性愛者が最後まで貶められたままで終わり、という描き方はもうたくさん。物語の中で同性愛者への中傷を「悪いこと、おかしいこと」だとして描く場面がどうしてもどうしても作れない人だけ、脚本からそういう罵倒語を削ればいいんじゃないでしょうか。