『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』(ニコラス・G・カー、篠儀直子訳、青土社)感想

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていることネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること
ニコラス・G・カー 篠儀直子

青土社 2010-07-23
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「ネットとの接続によって脳や文化に何が起こるか」を考える本

刺激的なタイトルにだまされてはいけません。これはインターネットの害を通俗的に煽る本などではなく、メディア史や脳科学、心理学などの知見を総動員して、「現在のネット環境が人間の脳や文化にどのような変化をもたらしているか」を解説していく本です。かんたんにまとめると、ネットがヒトに与えた影響には良い面も悪い面もあり、ネット以前の社会には戻れない今、その「悪い面」に注意を払う必要があるというのが筆者の主張だと思います。分厚い本なのに読みやすく、かつ面白く、何度も読み返してしまいました。

興味深かった点など

この本の中で特に興味深かった点を自分なりにまとめると、こんなです。

「ユーザーはウェブ上でどのように読んでいるのか?」→ニールセン「読んでいない」(p. 191)
  • ユーザの目はページ冒頭の2〜3行を追った後、視線をF字型に動かして拾い読みするだけ
  • Webページ上の単語数を増やしても、ユーザは増えた部分の18パーセントしか読まない
  • ハイパーテクストは、そうでないテクストよりも読み手の理解度・記憶定着度が低い
    • リンクを評価し、クリックするかどうか判断するプロセスが脳に認知的負荷をかけるため、理解度・記憶定着度が下がる
    • ハイパーテクストを読む人はしばしば「何を読んだかも、何を読んでいないかも覚えていない」(p. 179)
  • テクストにマルチメディア・コンテンツをつけると、テクストだけのときより学習効率が下がる
    • ストリーミング配信をつけたテクストをブラウザで読んだ被験者は、内容に関するテストの点数が低く、「何も学習しなかった」と答えた人が多かった
ネットユーザはテレビがお好き、でも印刷物は嫌い
  • アメリカでもヨーロッパでも、ネット使用が進むにつれテレビ視聴時間はむしろ増えている
    • もっともヘビーなネットユーザ(週30時間以上オンラインで過ごす人たち)は、もっとも熱心なテレビ視聴者(週35時間以上テレビを見る人たち)でもある
  • ネット使用の増加につれ、印刷物を読む時間が減っている
    • アメリカ労働統計局によると、もっとも熱心なネットユーザ層(25〜34歳の若年成人層)では、2004年から2008年にかけて印刷物を読む時間が29パーセント減っている
ネット使用が脳を変える
  • 人間の脳には可塑性がある(必要に応じてニューロンシナプスの回路が作りかえられる)
    • ネットでマルチタスクを行うと、視覚注意処理の能力が上がる
    • ネットなどのスクリーン基盤のテクノロジーは、「視覚空間的スキルの大規模かつ複雑な発達」(p. 198)をもたらす
    • 一方、ネットの使用は「深い思考」「深い処理」を失わせる
      • マルチタスクをヘビーに行っている人は、注意散漫になりやすく、作業記憶の内容をコントロールできず、特定のタスクに集中し続けることが苦手(=『クソに注意を払うよう脳を鍛えているのだ』byマイケル・マーゼニック)(p. 199)
      • 人間は注意散漫になればなるほど、「最も微妙で、最も人間独特のものである感情形態、すなわち共感や同情などを、経験できなくなっていく」(p. 303)
記憶はコンピュータにアウトソーシングできない
  • 人間の脳は情報を受け取ったあとも長いこと処理を続ける
    • 記憶を想起するという行為が、新しいシナプス終末を形成するタンパク質を作ったり、長期記憶のアップデートや再固定をおこなったりする
    • 想起は「アイディアやスキルが将来学習しやすくなるよう、脳を調整する」(p. 265)かのように働く
  • コンピュータに貯蔵されたメモリーは固定的であり、Webは長期記憶やスキーマの発達を妨げる

感想あれこれ

上記のうちもっとも衝撃的で、もっとも納得がいったのが、ニールセンの言う「読んでいない」のひとこと。長年Webサイトをやっていて疑問だったのが、記事内で説明してあることを完全スルーして謎の反論を述べられる方が少なくないということです。たとえばとある方は、うちのあるレビュー文をさして、「あんな作品をベタホメしているからみやきちは『使えない』」(大意)とおっしゃっておいででした。そうだったかしらと反省して読み返してみたのですが、実際にはそのレビューでは「ここが難点」「こういう人には合わないだろう」ということを計3回も繰り返し書いてあるんです。なんであれがベタホメ? と思ったら、そうか、この読み手さんが

  1. 「ページ冒頭の2〜3行」だけ読んで(確かにその部分は誉め言葉しか書いてないんです)、
  2. 残りは視線をF字型に泳がせつつ拾い読みして、
  3. しかも「何を読んだかも、何を読んでいないかも覚えていない」

……からだったのだと考えれば説明がつきます。目ウロコ。

他人のことばかり言っていられません。自分は2005年から2010年のあいだ熱心に百合レビューを書いていて、空いた時間のほとんどはPCに向かっていました。すると、どうなったか。こうなりました。


最初は1〜2時間でさらっと書けていたレビューが、しまいには5〜8時間、下手をすると20時間ぐらいかかるようになりました。1日にそれだけPCの前に張り付いていると、身体感覚も鈍ってしまい(いくら努力して運動する時間を作っても、です)、悪循環でした。
この時点では、インプットが百合本ばかりになったからこうなったのだと思っていました。けれど、実はそれだけではなかったのではないかと今になって思います。「下手をすると20時間」もPC画面に張りつき続け、マルチタスクでメールをチェックしたりネットブラウジングしたりしていたために注意散漫になり、深い読みや思考ができなくなり、それでどんどん文章が書けなくなっていたという悪循環も絶対にあるはず。
2011年はレビュー書きを完全に中止し、ネットを見る時間も意識的に減らして、毎日1〜3冊ぐらいの本を読みました。そういう生活を1年間続けて、ようやく脳みそが以前のように動くようになってきたという実感があります。あんなに読んでいたはずのネットの文章はろくに思い出せないのに、本から吸収した知識は無意識的に脳内に蓄積され、「この本のこの部分は、先月読んだあの本のあの説明に通じる」「じゃあ、こうも言えるんじゃないか」などと頭の中で火花のような化学反応が起こるようになりました。読んだものが頭の中でこれほど有機的かつ高速に結びつくのは、本の虫だった小中高生時代以来。つまり、まだネットを使っていなかった頃以来です。

そんなわけで、これは相当怖い本だと実感をこめて思います。なお、上で箇条書きにした内容は、すべて同書巻末にリファレンスが明記されており、どこに発表されたどの論文をもとにしているのかわかるようになっています。このエントリのタイトルだけを斜め読みして「オレ/私はバカじゃない!!」と憤激してしまったネット大好きっ子さんは、ぜひそれらの論文もご一読くださいね。と、Web上のテクストを「読んでいない」方にもわかりやすいよう大文字でメッセージを書いて、このエントリを終えることにします。