「ゲイフォビア」という語についてさらに追記

上記2点のエントリの続きです。

差別語問題ではないのかも?

掲示板で、さらに別のビューワー様から下記のようなご指摘をいただきました。

  • 日本には「ホモ」=男性同性愛者、「ゲイ」=同性愛者、「レズ」=女性同性愛者と解釈する人がけっこういる
  • ホモフォビア」を「ゲイフォビア」と言い換えたのは、そのような人たちなのではないか

目から鱗。確かにその可能性はありますね。以下、掲示板にあたしがつけたレスを加筆訂正して転載しておきます。

日本における「ホモ」「ゲイ」という語の認識について

日本では「ホモ」はもっぱら男性同性愛者を指すということについては論をまたないのですが、「ゲイ」についてはゲイ・ブーム以前と以降で変わってくると思います。

ゲイ・ブーム以前

日本に「ゲイ」という語が輸入されたのは戦後で、「ゲイ・ボーイ」という語が「男娼」を指すものとして使われたのが始まりです*1。そこから「ゲイ」=「なよなよした女っぽい男性同性愛者」という認識が生じました。今でも年配の男性同性愛者に「ゲイ」と呼ばれることを嫌う人が見られるのは、そのためです。ちなみにこの時点では、「ゲイ」は完全に男性同性愛者のみを指します。

ゲイ・ブーム以降

近年のゲイ・リベレーションやゲイ・ブーム(日本では1990年代)と共に、「同性愛者自らが誇りを持って選んだ呼称」という意味合いで、「ゲイ」という語が再輸入されました。そして、戦後の「ゲイ・ボーイ」という語を知らない世代が、積極的に「ホモ(男性同性愛者、の意)」を「ゲイ」に言い換え始めました。この時点で、日本における「ゲイ」は、「男性同性愛者を指すリベラルな言い換え語」となり、2006年現在でもその認識が主流だと思います。

さらにその後

「ホモ」という語が差別語として使われなくなっていく一方、ゲイ・ブーム以前の流れを知らない若い世代が「ゲイ」を原義(=「男女両方の同性愛者」)に近いかたちで解釈し始め、「ホモ」=男性同性愛(者)、「ゲイ」=男女両方の同性愛(者)と考える一派が出てきたのかも?

結局、現状ではどう認識されているのか?

英米では『ゲイ』は同性愛者全般を指し得るけれど、日本では専ら男性同性愛者を指す」と考える人が、たぶん一番多いと思います。端的な例をあげると、まず、英米と異なり、日本では「レズビアンバー」は決して「ゲイバー」と呼ばれないということがあります。日本の「ゲイバー」は男性だけが行く場です*2。また、パレードなどのフォーマルな場で、「男女両方の同性愛者」を意味する言葉として「ゲイ」が単独で採用されることはなく、必ず「レズビアンとゲイ」という呼び方がなされる、ということもあります(実は英語圏でも、"gay"表記だと女性同性愛者をとりこぼしかねないという認識から、フォーマルな場(論文など)では"lesbians and gays"とする傾向があるので、これは適切な態度であるとあたしは思います)。

言い換えについて

"homophobia"という語の意味はあくまで「同性愛嫌悪」であり、必ずしも男性同性愛に対する嫌悪だけを指すわけではない*3ので、それをわざわざ和製英語の「ゲイフォビア」に置き換える必要はないと思います。さらに、上で述べてきたように、日本におけるカタカナ語の「ゲイ」は女性同性愛者を含まないと解釈される可能性が高いので、「ゲイフォビア」というカタカナ語はかえって女性同性愛者を困惑させることにもなり得ます*4。どうしても「ホモフォビア」という語を使いたくないのなら、日本語で「同性愛嫌悪」と呼ぶのがいちばん中立的で無難なのではないでしょうか。

*1:Valentine, J. (1997). Pots and Pans - Identification of Queer Japanese in Terms of Discrimination. In Anna Livia., Kira Hall (Eds.) Queerly Phrased (p. 100). NY, Oxford University Press.

*2:観光バーとなるとはまた少し話が変わりますが、本題からそれるのでここでは触れないことにします。

*3:「"homophobia"は男性同性愛に対する嫌悪である」として、女性同性愛に対する嫌悪は"lesbophobia"と呼ぶ向きもないわけではないようですが、最近の権利運動の場などでは"homophobia"で両方表わすのが主流だと思います。

*4:個人的には、たとえば『ブロークバック・マウンテン』における同性愛嫌悪について語るときなどのように、最初から「男性同性愛に対する嫌悪」限定の話だとわかっていれば、「ゲイフォビア」でもまあいいかという気にはなりますが、それでもやっぱり「英語として間違ってね?」という疑問は残ります。