『ブロークバック・マウンテン』原作(アニー・プルー、集英社文庫)は映画よりいいぞ!

ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))
米塚 真治

集英社 2006-02-17
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本日読了。映画よりこちらの方があたしは好きです。以下、映画との主な相違点と、それに対する感想を挙げておきます。ネタバレが嫌いな方は読まないのが吉だと思います。

ブロークバック・マウンテン』原作と映画との違い

原作ではジャックが元々同性愛者であることがはっきり示されている


唯一言葉を発したのは、イニスが「俺はホモじゃない」と言い、ジャックが思わず同調(ジャンプ・イン)して、「俺だって、この一回きりさ。他人にとやかく言われる筋合いはないぜ」と言ったときだけだった。(集英社文庫ブロークバック・マウンテン』P23 - 24)
ほら見ろ! 元々ゲイだって自覚はあったのに、イニスに合わせてノンケぶってみせてただけなんだよ! 映画版でそのへんが割合薄めて描かれてるのは、やはり観客の大多数であるノンケさんにとって共感しやすいつくりにしようとしたってことでしょうかね。でも「両方ノンケだったのが偶然やっちゃった」話だと思い込んでしまうと、ストーリーの中でだんだん大きくなっていくイニスとジャックの間のズレを完全に見逃してしまうと思うんですけど。事実、映画版を見て「二十年間も続いた男同士の固い絆が素晴らしい」とか、見当ハズレなことを言ってうっとりしてる人はいっぱいいますし。そりゃ確かに二十年続いてはいるけどさー、いろいろと隙間風もあれば揺らぎもあるじゃんかよー。変に美化ばっかりするなよー。

ジャックとイニスの間のズレは最初から存在した


このまどろみながらの抱擁は、ジャックの記憶にしっかりと根を下ろした。二人の離れ離れの辛い人生にほんの一瞬訪れた、嘘いつわりのない、魔法のような幸福の瞬間だった。その記憶を損なうものは、何一つなかった。たとえイニスが顔を向き合わせて抱こうとしなかった理由は、相手が自分なのを見たり感じたりしたくなかったからだと気づいてはいても。それにたぶん、とジャックは思った。あれ以上に二人が深く結ばれたときはなかったのだから。気にするな、気にするな。(集英社文庫ブロークバック・マウンテン』P67)
これは1963年のブロークバック・マウンテンでの出来事です。セックスとは無関係の静かな抱擁で、ジャックにとっては生涯忘れられなかった至福の時でした。でもイニスはこのときでさえジャックの顔を見ようとはしてくれてない。イニスの中の同性愛嫌悪はそれぐらい強固なものだったんですよ。なのにジャックにとっては「あれ以上に二人が深く結ばれたときはなかった」経験であり、「気にするな、気にするな」と思うしかなかったわけです。そこが二人の悲劇だったんです。
でも映画版にこのシーンはなかったような気がします(一度しか観てないので記憶あいまい)。あったとしてもやっぱり薄味の描き方だったんじゃないかな? 映画版が「美しい愛情の物語」みたいな単純きわまりないレッテルを貼られがちなのは、そのへんのせいもあるんじゃないかと思います。後日また見る機会があったら確かめてみるつもりです。

ラスト三行がすべてを物語る

原作の簡潔で力強い最後の三行がこの物語のテーマを表していると思います。結局この話はイニスの悲劇なんであって、「このようにアメリカ南部的マッチョ主義と異性愛マンセーを強烈に内在化させたイニスという男は全く幸せになれなかった。それってどうなのよ?」というのがメイン・テーマなんだと思います。原作ではそれがとてもシンプルかつ強烈に打ち出されており、妙に話を広げて薄味にしてしまった映画版より、こちらの方があたしは好きです。映画版を観られた方は、原作の方も読まれて比較されてみると面白いかと思いますよ。